9 グレイ=ランダール しおりを挟むしおりから読む目次へ 「似てるんだ――あなたと師匠の剣。静かで、速くて、容赦なんてもの全然なくて。あたしの憧れたあの人の剣に、よく似てるの。それだけでも驚いたのに、さっき花を手向けてたでしょう? ……だから思ったんだ」 緊張で微かに震える声。それを押し殺して、椎菜はアレスに訊ねた。 「あなたはグレイを……グレイ=ランダールを知っているのか?」 首を傾げて、アレスの表情を窺う。アレスは僅かに眉を寄せて、それから両目を伏せた。答えを口にすることを迷うようにして、しばらく押し黙る。椎菜はそれをじっと見つめて、アレスの言葉を待った。 乾いた風が吹いて、髪をなびかせた。乱れを押さえようと、椎菜は自身の頭に手をやる。そのとき、アレスの目が開いた。躊躇うような表情で、アレスはこちらを見る。そして、吐息混じりに答えを口にする。 「……グレイ=ランダールは」 迷いを露にしたまま、アレスが告げた。 「養父の、友人だ」 「友人……?」 それだけのことを言うために、こんなに躊躇うものだろうか。不審に思って椎菜が眉をひそめると、アレスは静かに続ける。 「それから、俺の剣の師でもある。俺もあなたと同じように、あの人に師事していたんだ。あの人がリウムに行くまで」 「あたしと、同じ?」 「あぁ」 どこか観念したように、アレスは椎菜の言葉を肯定した。椎菜は両手を地面について、ぐっと身を乗り出し、アレスの顔を見上げる。そして更に問いを重ねた。 「じゃあ、最初からあたしのことを知ってるみたいだったのは……?」 「養父から、聞いていたんだ。養父とロディオ殿とあの人は、古くからの友人同士だから。ロディオ殿に娘がいることも、師がその娘に剣を教えに行ったことも――全部、彼らから直接聞いていた。特に師は、あなたを随分と可愛がっていたようだった。あの人からの手紙に、あなたのことがよく書かれていて……だから少し、気にかかっていて」 「そうだったんだ……」 ようやく納得のいく答えを得られて、椎菜は静かに身を引いた。すとんと、腰を下ろす。口許に手を当て、「そうか、そうか」と繰り返す。そして改めて、目の前に座る若者の顔をまじまじと見つめた。 「何だ?」 青灰色の瞳が困惑したように揺れた。浅黒い精悍な顔が居心地悪そうに背けられる。その様子を見て、椎菜はそっと目を細める。それから小さく呟いた。 「……じゃあ、アレスの剣はグレイが教えた剣なんだ」 ――だからあんなに、羨ましいぐらいにそっくりなんだ。 こっそり思って、椎菜は笑った。すると、アレスの怪訝そうな声が聞こえてきた。 「どうしたんだ?」 「ん? 何かね、嬉しいなぁって思って」 「『嬉しい』?」 アレスが首を傾げて、問うてきた。椎菜は笑みを浮かべたまま、「うん」と頷く。 「アレスの中に、グレイの剣が生き続けてるんだなって思って。だから、嬉しい」 あの日、あの人にまつわる全てを無くしてしまったと思っていたから。元々、旅暮らしが常の人で、手荷物も極端に少なかったらしい。かろうじて剣は手元に残ったけれど、それ以外のものは――グレイ本人の遺体さえ、行方が分からなくなっていたから。だから、もう他にはないと思っていたのだ。グレイが確かに生きていたという、その証のようなものは。 |