9 グレイ=ランダール
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「――だが、気味が悪いとは思わなかったな」

 ごく淡々と告げられた言葉に、椎菜はぱっと面を上げる。言われたことの意味が分からない。何で、どうして、そんなこと。椎菜は食い入るようにして、アレスを見た。よほど必死に見えたのだろう。アレスは苦笑気味に口を開く。

「俺はあの力に助けられたんだ。あなたがああしてくれなかったら、今頃三人とも無事でいられたかどうか分からない」

「それは、そうだけど……」

 だが、それは結果論だ。椎菜はあの力を、自分の意思で使ったわけじゃない。力を向ける矛先を一歩間違えたら、魔物ではなくアレスたちを消していたかもしれない。――あれは、そういう力だ。なのに、どうして。

 椎菜はかぶりを振った。下ろしたままの髪が乱れるほど、勢いよく。また拳を握りしめて、目を閉じる。

「……あれは、そんなふうに言ってもらえるような力じゃないよ。運が良かった、だけなんだ。あたしは、あれを自分でちゃんと使いこなしたわけじゃない。だから、」

「それでも、助けられたことは事実だ」

 静かに。けれど有無を言わせないような強い声に遮られて、椎菜は口をつぐんだ。おそるおそる目を開ければ、アレスがこちらをまっすぐに見ている。凪いだ瞳に見つめられて、椎菜は慌てて視線を逸らした。何だか、変に息苦しい。ひどく落ち着かない気分で、椎菜は自身の胸元を掴む。服が皺になるのも構わずに、ぎゅっと。

「――シーナ」

 深く、落ち着いた声で名を呼ばれた。耳に快いその声に促されるようにして、椎菜は再びアレスに目を向けた。青灰色の瞳が自分を捕らえているのがよく分かる。昨日、はじめてこの場所で話したときと変わらない、穏やかな眼差し。二人して座っているぶん、昨日よりずっと近い距離で感じられる。――と、アレスが再び口を開いた。

「ありがとう。あなたのおかげで、俺もランディも助かった。本当に感謝している」

「あ……」

 思ってもみなかったことを言われて、椎菜は狼狽えた。何なんだ、この人は。さっきから――いや、最初から、ずっと椎菜にとって都合のいいことばかりを言ってくれて。優しく、してくれて。

「……何で?」

 呻くような声で、椎菜は問うた。

「あなたは何で、あたしに親身になってくれるんだ?」

 会ったばかりのこの人に、こんなふうに扱われる理由が分からない。どうしてこんな得体の知れない力を持った小娘に対して、怖れも疑念も抱かずに、好意だけを向けてくれるんだろう。

「あの花に、関係あるの?」

 ふと顔を上げて、先刻アレスがグレイの剣に手向けていた白い花に目をやった。傍らの気配が少しだけ固くなる。

「あれはね、あたしの師匠の剣なんだ。九年前、あたしを最後の最期まで守ってくれた……とっても大切な人の剣。強かったんだよ、すごく。あたしが足手纏いになったせいで、死んじゃったけど。でも、強かったんだ。あたしはあの頃、あの人が世界でいちばん強いんだって思ってた。無条件で、そう信じてた。あの人の振るう剣に勝てるものなんかないって、思ってたの。だから……あなたが剣を振るうのを見て、すごくびっくりした」

 言葉を切って、唾を飲み込む。それから椎菜はゆっくりと、アレスのほうへ視線を戻した。神妙にこちらを見返すアレスと目を合わせて、口を開く。



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