9 グレイ=ランダール しおりを挟むしおりから読む目次へ 何か訊いてくれれば、こっちだってまだ話しようがあるのに。恨めしい気分で椎菜は思った。もちろん聞かれて楽しいものではないけれど、このままお互いに黙っているよりずっとましだ。それに椎菜にだって訊きたいことがある。初対面のはずの自分に、どうして親身になってくれるのか。どうして、アレスとグレイの剣が似ているのか――もしかしてグレイと知り合いなのか、とか。 頭の中で疑問符ばかりが飛び交って、ついに椎菜は呻き声をあげてしまった。傍らでアレスが首を傾げる気配がする。「大丈夫か?」と他人事みたいに問う声に、椎菜は内心で八つ当たり気味に毒づいた。――少しは察しろ! この朴念人め! 伏せていた顔を勢いよく上げる。すると、少し驚いた様子のアレスと目が合った。青灰の瞳が、椎菜を捕らえる。さっきまではこの目を見ることが怖くて仕方なかったはずなのに、おかしなものだ。視線が合って、椎菜は少しだけ表情をゆるめる。そして安堵と苛立ちとがない交ぜになった複雑な心境で、口を開いた。 「――話、聞いたんでしょう?」 聞きようによっては恨めしく聞こえる声の問いかけに、アレスは気負いなく頷いた。 「ああ」 「何とも……思わなかったの?」 「何をだ?」 「っ、だから……っ!」 わざとやってるんだろうか――惚けた返答をするアレスを、椎菜は睨みつけた。 「気味が悪いとか、そういうこと……思わなかったのかって訊いてるんだ」 「あぁ」 やっと意味が分かったとばかりにアレスは言い、緩く笑った。小さくかぶりを振る。 「別に、思っていない」 「どうして?」 間髪入れずに椎菜は聞き返した。アレスが戸惑ったように、こちらを見る。その表情に、椎菜が怖れていたような感情は少しも浮かんでいない。それが不思議でしょうがなくて、椎菜はぼそりと呟いた。 「だって、おかしいじゃないか」 「何が?」 「あんな……あんな力が、あたしの中にあるの、それを目の前で見て。それで何とも思わないなんて、おかしいでしょう?」 絶対におかしいと思う。椎菜はそう言って、両の拳を握り締めた。確かに露骨に避けられたり、疑われたりするのは悲しいが、でもあの状況を目の当たりにしておいて、何とも思わないというのは変だろう。無頓着にも程がある。 じっと険しい目で見返すと、アレスは短く息をついて目を伏せた。それから、ゆっくりと口を開く。 「――確かに、何も思わなかったってわけじゃない」 そう言われて「やっぱり」と、椎菜は思った。やっぱりアレスもそうなんだ。だったら最初から、そういう態度を取ってくれればいいのに。そうすれば自分だって、相応の態度で応じるのに。中途半端に優しくされたら、後で堪えるじゃないか。唇を噛んで、椎菜は視線を落とす。これ以上、目を合わせていられない。早くこの場を立ち去りたい。そんな思いが頭をもたげて、椎菜を重苦しい思考の渦に引きずりこもうとした。――が、それより早く、アレスの声が椎菜の意識を捕らえた。 |