8 道標
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「だから、認めました。信じてもいますから……リラ様はそう簡単にシーナを一人、犠牲にはしないだろうと。最後の最後まで、諦めないでいて下さるだろうと」

 マーサがリラに直接仕えた期間は長くはなかったが、きっとそうしてくれるだろうと信じていた。それくらい深い愛情と信頼を、マーサはあの若き主君に寄せていた。ただそれでも、どうしても拭えない不安があった。

「――シーナは寧ろ、犠牲になることを望んでいるのかもしれません」

「どういう意味だ?」

 低く落とした呟きに、ランディが眉を寄せた。マーサは絞り出すようにして続ける。

「あの子は目の前で、大事な人を失っています。それだけじゃない。あのときは大勢の人間が、あの子を守るために命を落としました」

 九年前の惨事は、それ故にシーナの心に深い傷を負わせた。他人の命を犠牲にして救われた――生き延びた。その現実を認めるために、彼らの行為に報いるために、シーナは剣を振るい続ける道を選んだ。今度こそ、他の誰も犠牲にしないで済むように。

「守られて……守れなくて喪ったから。あの日から、あの子は自分を責め続けています。ですから、いざというときに自分の身を省みないのではないかと、不安で堪らないんです」

 ただひたすらに一人で立つ力を求めてきた娘の姿は、マーサの目にはひどく危うく見えた。せめて目の前で泣いてくれたら抱き締めてやれるのに、シーナはそれをしない。――否、出来ないのだ。九年前のあの日から、ずっと。

 そんな娘に、自分は何をしてやれるのだろう。マーサにはシーナを、魔物の脅威から守ってやれる力はない。それが出来たら、無理矢理にでも同行するに違いない。代わりに“剣”の責務を負ってやったっていい。だが、現実はそうではない。

 だから、こうして頼むのだ。シーナがこれから往く道が、少しでも安寧なものであるように。――その願いを託すのだ。

「――ランディオーネ様」

 改まって呼び掛けると、彼は僅かに顔をしかめた。だが、マーサは構わずに再び頭を垂れる。

「どうか、今回のリラ様からのご依頼をお引き受け下さい。貴方ならば、シーナの導(しるべ)になって下さるだろうと、リラ様はお考えです」

 守られて、守れなくて、喪った。――ランディもまた、その痛みを知る者だ。そして、その苦しみを乗り越えようとしている人だから。

「お願いします」

 深々と、マーサは頭を下げた。そして、そのままの姿勢で待った。次に発せられる、ランディの言葉を。

 耳が痛くなるような沈黙が立ちこめた。だがマーサは姿勢を変えずに、じっと待ち続ける。――と、ランディが息を吐いた。深く、長い呼吸の音を聞いて、マーサはおそるおそる顔を上げる。すると、何やら微妙な表情のランディと目が合った。ランディが手紙を示して、口を開く。

「――この手紙な」

 そう言って、顔をしかめた。

「王都で起こってる事態が、事細かに書いてある。何処の誰が何を企んでるとか……そういう機密事項ばかり、書き連ねてある」

 少なくとも、まだ依頼を受けるかどうか決めかねている人間に見せるような内容ではない。それを敢えて、読ませるということは。

「これを書いたリラも、俺に渡すよう頼まれたあんたも、俺がこの件を断るとは思ってないってことだ。――違うか?」

 呆れたように目を半眼にさせて、ランディは言った。マーサは苦笑した。



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