8 道標
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「――あんた達は?」

 出し抜けにされた問いに、マーサは軽く瞬いた。何を訊かれるのか見当もつかず、黙したままでその続きを待つ。

 ランディが淀みない口調で言った。

「あんた達は覚悟しているのか? シーナがただ一人、犠牲にされるかもしれないことを」

 その言葉に、マーサは思わず喘ぐように息をした。先程の胸の痛みが蘇る。それは昔から、幾度となくマーサを苦しめているものだ。シーナを娘として受け入れ、いつかフォルトナの元へ送り出すために育てる――それを義務として突きつけられてから、ずっと。

 マーサは視線を落とした。身体の前で組まれた両手は意識しないうちに力が入っていて、色を白く変えていた。その手を見つめながら、マーサは唇を噛んだ。そこに聞こえてきたのは、容赦のないランディの声だ。

「同じようなことをロディオ殿にも訊いた。内容は違うけどな」

「……存じております」

 ロディオが突きつけられた『覚悟』の内容も、本人から聞いて知っていた。大事な人間が遠く離れた場所で危険にさらされても、無事を信じ、帰還を待つ『覚悟』――それが出来ないのなら、シーナから剣を取り上げて屋敷に閉じ込めておけと、この若者は言ったのだそうだ。酷なことを言う御方だと、思う。そんなこと、決まっているではないか。

「……出来るわけがないでしょう」

 震える声を隠しもせず、マーサは口を開いた。ランディがじっとこちらを見返しているのが判る。だがマーサは目を合わせないまま、続きを口にした。

「私は、あの子を世界を救う犠牲にするために育てたのではありません。ロディオも、そうです」

 一人、孤独に震える少女に居場所を与えたかった。生きる術を与えたかった。あなたはここにいていいのだと。ここで、幸せに生きていいのだと――そのことを教えたかった。伝えたかっただけだ。それなのに。

「皆が、あの子に“剣”の責を負えと望んだ。まるで刷り込みのように言い聞かせて、いつしかあの子も、そうなることが当たり前なんだと思ってしまった……!」

 そう思い込ませてしまったのだ。シーナが他の選択肢を見つける前に、彼女の未来(さき)にある道をすべて塞いでしまった。この街に暮らす人間が、リラが――そして義務と愛情の間で揺れたまま、中途半端な態度でいた自分たち夫婦が。

「覚悟なんて、出来るわけがないでしょう? どこの世界に、大事な娘を危険だと判っている場所に行かせたがる親がいるとお思いですか!」

 口にした言葉の勢いのまま、マーサは面を上げた。不敬に当たると理性では理解していても、ランディを睨みつける視線を弱めることは出来ない。だが、ランディはそれを揺らぐことなく受け止めていた。真っ直ぐに向き合って、真摯に。

 そして、口を開いた。

「ならば、何故止めない?」

「シーナが、それを心から望んでいたからです」

 マーサは何度も止めた。ロディオが義務感を優先させて、シーナの言い分を認めても、マーサは反対し続けた。それでもシーナは頑として、譲らなかったのだ。“剣”として、一人でフォルトナの元に向かうのだと。マーサは両手を更に強く握り締める。



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