8 道標
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 生まれたときから一緒だったと。育ちのわりに、ぞんざいな口調と態度の持ち主で、よく周りの大人の手を焼かせていて。勉強は苦手のようだったが、代わりに素晴らしい剣技を持っていて。面倒臭そうな顔をしながらも、いつもリラの言う我が儘に最後まで付き合ってくれた。――リラにとって、家族以上に近しい、大切な人だったのだと、彼女は語った。そこには、彼女が彼に寄せる絶対の信頼があった。

 けれど、ランディはそれを否定するように首を横に振る。

「……買いかぶりだ。俺は、あいつを裏切った。あいつを置いて、王都を出たんだ。それが事実だ」

 そして、また自嘲気味な笑みを浮かべてみせる。

「その様子だと、知ってるんだろう? 俺が何故、王都を出ていったのか」

「――はい」

 かの姫君から絶大な信頼を寄せられていた青年が一人、王都を離れた理由。それをマーサは他でもない、城に一人置き去りにされたリラから聞いていた。けれど、その話の中には一言として彼を恨むような言葉は出てこなかった。



 ――仕方のないことだと、思っているわ。



 リラはただ静かに笑んで言っていた。



 ――あの人が心に負った傷は深すぎて、きっと誰にも癒せない。どうにかできるとすれば、それはあの人自身が自分の手で為すべきこと。それが判っていたから、あの人はわたくしの元から去ったのでしょうから。



 そして彼女は、今のランディのような暗い眼差しで言った。



 ――わたくしがあの人の側にいても、あの人の傷口を押し広げるだけ。何もしてあげられない。



 だから、仕方がないのだと。それを理解しているから、リラはランディを恨んでなどいなかった。ただ去ってしまったことが悲しいのだと、寂しいのだと――彼女は言っていた。その一言一言を思い返し、マーサは両目を伏せる。

「……王都の貴族連中の中に不穏な動きがあるって?」

 暫しの沈黙の後、手紙のすべてに目を通し終えたランディが目線を上げた。マーサは目を開けて、静かに頷きを返す。

「その通りです」

「奴らは“剣”を人柱にするつもりだと、これには書いてあったが……」

 ひらひらとランディは手紙を振ってみせて、声を低くして訊ねた。

「娘は――シーナは、知っているのか?」

 瞬間、胸に突き刺すような痛みが走った。それを堪えて、マーサは答える。

「……知って、います」

「自分一人だけを犠牲として差し出されるかもしれないと知っていて、それでも“剣”として起つと?」

 再びの問い掛けに、マーサはどうにか頷いた。頷くだけで精一杯だった。その様子を両目を細めて眺めてから、――ランディはふと肩の力を抜いた。深い吐息と共に呟く。

「成程。……たいした覚悟だな」

 どこか感心したように聞こえる声。窺えば、先刻よりもランディの表情はずっと和らいだものに見える。

 少しは信用してもらえたのだろうか。シーナの覚悟のほどを。

 内心で少しだけ安堵して、マーサはその場に立ち続けた。すると、ランディの目がこちらを捕らえた。琥珀の双眸にはもう、先程の暗い影は見当たらない。代わりにあるのは、厳しさを孕んだ鋭い眼差し。それが射抜くように、マーサを見つめている。




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