8 道標
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「大変だったろ? あのわがまま姫の面倒みるのは」

「いいえ」

 マーサはにこやかに、首を横に振った。

「とてもお優しい方でしたわ。勉学にも、とても熱心に取り組まれていて」

「あれは勉強するのが、趣味みたいなもんだからな」

 穏やかに呟くと、ランディは目を伏せた。少しの沈黙のあと、小さく訊ねる。

「あんたもロディオ殿も……俺の素性を知っていて、今回の依頼を?」

「はじめから、存じ上げていたわけではありません」

 マーサは否定の声を返した。

「今、貴方のことを知っているのは、私と主人とダンテの三人です。シーナには何も教えていませんし、アレスさんにも知らせていないと、ダンテは言っていました」

“フォルトナの剣”の護衛を選ぶにあたって、大元の依頼主である女王――リラは条件を提示した。腕が立ち、身元がはっきりとしていること。それを元に、彼女が親の代から懇意にしていた商人――ダンテ=グリフォードが適任者を選んだ。一人は彼の養子である、アレス。

 そして、もう一人がランディだった。彼とアレスは何度も組んで仕事をしていたから、ダンテとの面識もあった。だから腕が立つことも、その人間性も信用に足るものだということも知っていた。あとは身元の確認が――女王と“剣”に害をなす危険がないと分かれば、ランディを雇うことができる。そう考えたダンテは様々な伝を使って、ランディのことを調べた。そのとき、三人ははじめて知ったのだ。ランディが、リラが長年の間、ひそかに捜していた人物だったことを。

「リラ様はずっと、貴方のことを案じていらっしゃいました」

 マーサがそう告げると、ランディは口許を歪めた。自嘲するように、そっと。

「『恨んでいた』の間違いじゃないのか」

 どこか投げやりな口調でそう言うと、彼は丁寧な手つきで手紙の封を切った。暗い瞳で便箋上の文字を追う姿を視界に収めながら、マーサはゆっくりとかぶりを振る。

「――いいえ」

 再び、否定の声をあげた。

「リラ様は、とても聡明な御方です。貴方の抱える苦しみをすべて、ご理解されていらっしゃいました。ですから、恨み言など口にされたことは一度としてございません」

 三年前――約一年の期間を、マーサはこの国の現在の女王・リラ=フィリス=アストリアと共に過ごした。当時はまだ王女の身分だったリラは、自身が早くに家族を亡くしていたこともあり、似たような境遇にあるシーナともすぐに打ち解けてくれた。そんな気さくな姫君が、シーナの養母である自分に懐いてくれるのに、さほど時間は掛からず――ロディオを交えた四人で穏やかな時間を過ごしていた。そのときのことだ。

 誰にも内緒の話よ? もちろんシーナにもね。――いつも大人びた表情をしていた姫君が、年相応の控えめな笑みを浮かべて、そう話してくれた。それが、ランディのことだったのだ。



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