1 リウムの歌姫
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「俺だって一応は、気を使うべきところは心得てるつもりだぞ」

 憮然として言ってやると、アレスが笑いをかみ殺しながら言う。

「いや……普段が普段なだけに意外だっただけだ。気に障ったなら、すまない」

「その顔で謝られてもな」

 半眼で睨み付けると、ようやくアレスは笑みを引っ込めた。だが表情は柔らかい。先程の刺々しい雰囲気はすっかり消え去っていた。

「別に、構わない」

 その穏やかな表情のまま、アレスは首を左右に振った。

「父が亡くなったときのことは、あらかた今の養父に聞いて知っているんだ。俺自身、そう幼かった頃の話でもないし。今更、誰かに訊いて、補完するようなものでもないからな」

「――そういうもんか?」

 未だ、過去の呪縛から逃れられないランディは小さく訊ねる。アレスはそれを静かに首肯した。

「あぁ、だから気を使う必要はないんだ。それに依頼の内容によっては、あなたにも会っておいてもらわなければならないだろうし。あらためて紹介するとなると、却って二度手間だ」

「それならいい、けど……?」

 アレスの言葉に頷いて、ランディは同席することを了承しようとした――そのとき、急に店内が騒がしくなった。

「何だ……?」

 訝しげに眉をひそめて、アレスが背後を――騒ぎの中心である奥のほうの席を振り返る。ランディもそれに倣う。

 目を向けた先には、一人の少女が立っていた。店の常連客らしい男たちに囲まれて、にこやかに笑っている。

 華奢で小柄なその少女はリュートと呼ばれる楽器を抱えていた。背中の辺りまで伸びた艶やかな黒髪に、黒い瞳。しかし、それより目を惹いたのはその面差しと肌の色だった。

 この辺りでは――少なくとも、国中を旅していたランディが見たことのないような容貌の持ち主だった。けれど、綺麗だと思った。けっして派手な顔立ちではないが、涼やかな目許が印象的だ。健康的にふっくらとした頬や、すんなりと伸びた手足の肌の色は少し黄身がかっていて――卵をふんだんに使ったクリームのような柔らかな色合いをしている。

 まだ子どもなのが惜しいとランディは思った。そうでなければ口説き落としていただろうに。五年後が楽しみだなどと考えつつ、そこからふと視線を外す。そして、おや?と首を傾げた。

 視界に入ったのは、まだ後ろを向いたままのアレスの姿だ。腰を浮かせて覗き見てみると、その表情はひどく難しげなもので――ランディは眉根を寄せた。アレスは少女に見入ったまま、動かない。それを不審に思いながら、ランディはあえて揶揄するようにして訊ねてみる。

「何だ、お前。ああいう娘が好みなのか?」

「いや……」

 アレスはランディの軽口を咎めるでもなく、複雑そうな面持ちでこちらに向き直った。

「見覚えがあるような気がして」

「あの娘にか?」

 ランディが指差して問うと、アレスは自信なさげに頷いた。瞳にも困惑したような色が浮かんでいる。

「お前も昔、ここに来たことあんだろ? そのときに会ったとかじゃねぇのか?」

 思い出したように酒に手を伸ばしながら言ってやる。するとアレスは神妙な声で応じた。





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