7 剣の過去
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 彼の死に傷つき、動揺したのはシーナやアレスだけではない。ロディオもそうだった。


 ――おいてかないで! ひとりにしないで!


 赤い、紅い光景が広がる中、傷つき倒れ伏していたロディオの耳に娘の――シーナの叫び声が飛び込んできた。魔物に襲われて逃げる最中にはぐれてしまった娘を捜していたロディオは、力なく首を動かして彼女の姿を求める。が、霞んだ視界にはただただ赤い色しか映らない。

 空耳か、と諦めて目を伏せかけた――そのときだ。少し離れた場所で、大きな力の渦が起こった。傷の痛みを堪えて、ロディオは顔を上げる。そして、見たもの。それが。

「――貴殿方も目にしたという【扉】だったのでしょう」

 半ば朦朧とした意識で見たものであったから、確信はなかった。ただ、後から人づてに聞いた話とそのときの状況から考えただけだ。誰もが納得できる説明を。

「“剣”が【扉】を開き、魔物をその中に消し去ったのだと。私は、そう考えていました。ですが……」

「――ああ」

 顔を歪めてロディオが言うと、ランディが身を乗り出すようにして口を開いた。

「あれは“剣”の力なんかじゃない」

 告げられる。まるで断罪するような響きを孕んだ言葉が。

「あれは、あの娘自身の力だろう。“剣”は何の反応も示していなかった」

 シーナが【扉】を開いたとき、“剣”は彼女の手から離れていた。そして、何の反応もしなかったのだという。それを現実に、ランディとアレスの二人は目の当たりにした。誤魔化しようのない距離で。

 ロディオは唇を噛み締める。次に突きつけられるであろう、ランディの言葉を聞くために。

「魔物はあれを、自分たちの力と同じものだと言った」

 ランディは容赦なく、問いを放った。

「――あの娘は、本当に人間なのか?」

 その言葉に、ロディオは顔を俯けた。判らない。今となっては――彼らがシーナの力の発現を見たという、今となっては。“剣”に選ばれたから、あのような力を得たのか。力があったから、“剣”に選ばれたのか。結局のところ、シーナを拾ったあの日から、真実は何一つ明らかになっていないのだ。だから、このような疑いを掛けられても、仕方のないことなのかもしれない。まして、ランディの本来の立場を思えば尚更だ。

 だが、それでもロディオにとって彼女は――シーナはごく普通の、娘だった。辺りにいる少女たちと何も変わらない、ありきたりな。よく笑って、怒って――泣くことは九年前からなくなってしまったが。

「――ランディ」

 アレスが諌めるように、口を開いた。目を向ければ、彼はランディに負けず劣らず表情を険しくさせている。それを見て、ロディオは張り詰めていた息を吐き出した。アレスは、変わらない。九年前、気を失ったシーナを連れ帰ってきてくれたときと同じように、今も娘を案じてくれている。グレイと――父親と同じように。

 それが判っただけでも、少し気が楽になった。ロディオは両目を伏せた。そして、考える。次に言うべき、自分の言葉を。頭から信用されなくてもいい。少しでも、ランディの疑念を和らげる言葉を。これからシーナがどんな道を選んだとしても、彼女の足枷になるものがないように。そして口を開きかけた、そのときだ。傍らで、先に声を発した人物がいた。――妻、マーサだ。



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