7 剣の過去
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 ランディの表情が更に険しくなった。こちらに向けられている目が、疑念の色を深める。それとは対照的に、アレスの表情は静かなものだった。まるで凪いだ湖面のような青灰の目が、じっとこちらを見つめている。二人分の視線を正面から受け止めながら、ロディオは少し強い口調で告げる。

「たとえ、そうであっても……“剣”はシーナと共に我々の前に現れました」

 そして、ランディの厳しい目を振り切るようにして続けた。

「とにかくキクルスを――身を守る手段を持たないシーナが“剣”としてフォルトナと戦うためには別の力が必要でした。だからグレイをこの街に呼び寄せて、シーナに剣術を学ばせたのです」

 グレイに師事するようになったシーナはすぐ彼に懐き、剣の腕もみるみるうちに上達した。そして、少しずつ生き生きとした表情を見せるようになった。師に言われたことが上手く出来なくて癇癪を起こしてみたり、マーサに歌を習って嬉しそうに笑ったり――彼女なりに、この地で生きていく手段を着実に手に入れ始めていた。

 その様子を間近で見ながら、ロディオは思った。本当に、このままシーナに“剣”の責を負わせてしまっていいのかと。彼女は、本当に普通の少女だった。キクルスを持たないこと、“剣”と共に現れたこと――それらは確かに捨て置けない事実だが、それ以外は本当に拍子抜けするほど普通の少女だったのだ。

 力を持っているのは“剣”であって、少女ではない。そう考えたとき、ロディオははじめて迷いを抱いた。シーナを“剣”として、旅に出すことに。

 その迷いを思わず口に出したとき、側にいたのはグレイだった。そして彼は言ってくれた。『ならば、自分が共に行こう』と。フォルトナの元に向かう道中も、フォルトナと対峙するときも、シーナの傍らに立ち、彼女を守ろうと。剣の才を持たないロディオには出来ない方法で――ロディオの代わりに、シーナを守ってやろうと。

 大半の人間が何の疑問もなく、シーナをフォルトナの元へ向かわせようとしていた中――グレイのその言葉は、ロディオにとって救いだった。嬉しかった。自分とマーサ以外にも、少女のことを真剣に案じてくれる存在がいてくれたことが。

 グレイの言葉のおかげで、ロディオは安心できた。シーナを旅立たせることに対する懸念を封じることができたのだ。グレイが一緒に行ってくれるのなら、大丈夫だと。大陸一の剣豪と呼ばれるような男だ。大事な娘の護衛として、これ以上の適任者はいない。そう思って、その日が来るのを待っていた。――それなのに。

 グレイは死んでしまったのだ、九年前のあの日。



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