7 剣の過去
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 当時、子どもに恵まれなかったロディオたち夫婦は、だからこそ余計にシーナを気にかけた。仕事の合間を縫っては彼女の元を訪れて、親身に根気強く言葉を教えた。素性を聞き出すのは後回しにして、とにかく彼女に手段を――この土地で生きるための手段を与えることに懸命になった。そうしなければ、すぐにでもシーナは死んでしまいそうに見えたのだ。これ以上ないくらい傷ついて、触れたら壊れてしまいそうな目をしていた。長い時間をかけて、やっと溌剌とした表情を見せるようになったが、彼女の持つ脆さは今も変わらない。だから、ランディたちと会うのを拒んでいるのだろう。胸中だけでため息をつき、ロディオは話を続けた。

「言葉は通じない、文字も判らない。黒髪黒目はさほど珍しいものではありませんが、シーナの肌の色や顔立ちはこの国の人間とは雰囲気が違いました。だから……我々は思ったんですよ。彼女は“剣”に選ばれて、何処か別の大陸から転移させられたのだろうと。来るべきフォルトナとの戦いに備えて、遣わされた存在なのだと」

 シーナの身体の傷が癒えた頃には、彼女の保護に関わった者たちはそう結論づけるようになった。王都に眠るフォルトナは『滅び』を――異界から魔物を呼び込む存在だ。そして“剣”はフォルトナの肉体の一部である牙から創られたものだと伝えられている。だから、魔物の使う【穴】と同じ力があっても不思議ではないだろう。その力によって、シーナは遺跡に現れた。――そんなふうに考えるようになった。

 そんな曖昧な結論に落ち着いたのは、シーナが当時の記憶を曖昧にしか覚えていないせいでもあった。片言で会話が出来るようになった彼女は、穴を通り抜けたことしか憶えていないと――それだけを答えたから。

 ロディオとマーサは、それで構わなかった。二人にとって重要だったのは、シーナがこちらの言葉を解し、答えてくれたことだ。教えたことを吸収し、実践して意思を示したことだった。塞ぎこんで、虚ろな目をしていた少女が『生きる意志』を示してくれた――それだけで、十分だった。

 それから程なくして、ロディオたちはシーナを自分たちの養女として引き取った。周囲の人間の反対もなく、彼女は近い将来、“フォルトナの剣”として起つために街ぐるみで育てられることになったのだ。

「その一環で、グレイに師事することになったんですよ」

 ロディオはそう言って、ちらりとアレスのほうを見やった。目が合うと、青年は微かに頷いた。そして、その視線を床に落とす。

 父親の話を聞く――それは多分、彼にとって快いことではないはずだ。彼もまたシーナと同様に深い傷を負っている、あの襲撃の被害者なのだから。

 アレスの表情を気遣いつつ、ロディオは大きく息をついた。そして出来るだけ深刻な口調にならないように注意して、話し出す。

「シーナがここに来て一年経った頃ですね……もうお気づきかもしれませんが、あれはキクルスを持っていません」

「キクルスを?」

「ええ」

 驚いたように問うランディに、ロディオは淡々と頷き返した。

「それじゃ、彼女は……」

 ランディが茫然と呟く。

「この世界の人間じゃないってのか?」

 たとえシーナが別大陸から来た存在だったとしても、この世界で生まれたのなら、必ずキクルスを持っているはずなのだ。キクルスは太古の時代から人間が精霊から授かっている、守り石だ。この世界に生を受けた人間ならば、誰もが持っているもの。それを持っていないということは――。



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