6 執着
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 それは、血を吐き出したような絶叫だった。

 一体、何が起きたのか。ランディはすぐに理解出来なかった。炎の檻の中に捕らえたはずの魔物がその戒めを逃れ、――その反動でランディは吹き飛ばされた。すぐに体勢を立て直し、魔物の標的であるらしい少女の名を呼んで――だが、少女は動かなくて。すかさずアレスが少女を庇う位置に入ったが、魔物の力の前に防戦を強いられた。

 魔物とアレスたちとの距離が近すぎて大きな力は使えない。それでも、せめてもの牽制になればとランディは炎の矢を放った。しかし、魔物はそれを物ともしない。本来、魔物は火を怖れるはずなのに――魔物の異様なまでのシーナへの執着に、ランディは自分の背筋が粟立つのを感じた。



 ――あんな魔物、見たことねぇぞ!



 焦りを覚え、もう一度炎を放とうと腕を掲げる。だが、それより早く魔物が咆哮した。同時にシーナが崩れ落ちる。

 膝立ちの体勢になったシーナの足下から、地表に閃光が走った。金色に光るそれは、地面に複雑な紋様を描き、更に輝きを増す。その様子を見て、魔物は大きく後退した。アレスは油断なく剣を構えたまま、魔物から離れ、シーナの側に駆け寄る。

『おぉ……!』

 聞こえてきたのは、魔物の歓喜の声だった。それから魔物は牙を見せ、嗤った――醜悪に。

『やはり、今も宿していたか! 【扉】を!』

 シーナの足下に広がった紋様と対になるように、空中にも同様の紋様が浮かんでいた。そして、そのふたつの紋様に挟まれた空間に、真っ黒な【扉】が現れた。その色といい、雰囲気といい、魔物が使う【穴】によく似ている。否、魔物が喜ぶくらいだ。まさしく同じ類のものなのだろう。【穴】も、【扉】も。

 ランディは、シーナが落とした剣へと目を移した。神獣の牙から創られたと言われるそれは、この状況下で何の反応も示していない。ということは、この【扉】を創り出しているものは、やはり。

『……仕方がない。今は、退いてやろう』

 先刻までの執着が嘘のように、魔物が淡々とした口調で言った。そして言葉通り、自身の足下に【穴】――否、【扉】を開く。

『不完全な【扉】で、また遠い異界に飛ばされてはかなわないからな……今は眠るがいい。我らと同じ力を宿す、愛しき娘』

 魔物はそう告げ、目を細めた。ひどく優しげに。そして不機嫌そうに、アレスとランディとをそれぞれ一瞥すると、何も言わず【穴】の中へと姿を消した。呆気ないほど、簡単に。

 脅威が去ったからだろうか。魔物がいなくなった瞬間、紋様が光を失った。【扉】と呼ばれていたそれも、急速に小さくなり――空間に溶けるように、無くなった。その様子を茫然と眺めながら、ランディはかぶりを振る。そしてぽつりと、ひとりごちた。

「――何なんだよ、一体」

 異常なまでにシーナに執着していた、魔物。そして魔物と同じ力を持つと言われた、シーナ。

 ゆっくりとした足取りでアレスたちの元へ向かいながら、ランディは考える。だが材料が少なすぎて、とても考えがまとまりそうになかった。

 ランディが近づいても、アレスは微動だにしなかった。俯きがちになって、抱きかかえたシーナの顔を見つめている。遠目にも青白く、憔悴しきったような表情。それを痛ましげに見つめて、アレスが小さく口を開いた。

「……すまない」

 眠るシーナに告げられた、謝罪の言葉。その切実な響きに、ランディは思わず足を止めた。そのまま、じっと二人を凝視する。そして、次にアレスが発した言葉に、今度はランディが悲痛に顔を歪めた。

 それは小さく小さく、落とされた――風にさらわれてしまいそうなほどの、微かな呟き。

「――また、俺があなたを傷つけた」



第六話『執着』了



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