6 執着
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「――シーナ」

 呼び声と同時に、視界が翳った。はっとして顔を上げると、アレスと目が合う。その青灰色の瞳を見て、椎菜は表情を歪めた。そして、まただ、と思った。

 ――またこの人は、あたしを哀しそうな目で見てる。

 そんな目で見つめられる理由が判らない。こう何度も同じことをされると、何だか罪悪感すら感じてしまう。何か、しただろうか。まだ会って間もないこの人に。でも、心当たりなんて思い浮かばない。

 それとも――もしかして、あたしは本当はこの人を知っているのだろうか。何処かで会っていて、それを忘れてしまっているのだろうか。そう思わされるくらい、アレスの表情は椎菜の心を揺さぶってくる。

 グレイと同じ動きをする、似ても似つかない人。いつの間にか青灰の瞳は、何か思案するような色に変化していた。椎菜はアレスの顔をじっと見返す。そうしているうちに気持ちが凪いできて、身体から余計な力が抜けていった。

 不思議な人だと、つくづく思った。そのとき、アレスが口を開いた。

「また、頼まれてもらってもいいか」

「何を?」

 椎菜は首を傾げた。視界の端にちらつく炎を気にしながら、アレスの次の言葉を待つ。するとアレスもまた、炎へちらりと目をやって――先刻より、少し早口で言った。

「“炎使い”を呼んできて欲しい」

「え? でも……」

 椎菜は軽く瞬いた。それから、燃え盛る炎に目をやる。これだけの勢いを持つ炎であれば、魔物を倒すには十分だと思うのだが。そう思って椎菜が再び首を傾げると、アレスは左右に首を振った。

「あの“炎”は、俺の“風”の力を上乗せしているから、ランディ一人が支え続けるのは負担がかかり過ぎるんだ。魔物を焼き尽くすのに、どのくらい時間がかかるかも判らない。だから出来れば、他の誰かにも手伝ってもらいたい」

「そうなんだ……」

 理由を聞いて、椎菜はランディに視線を移した。赤々と照らされた彼の表情は、アレスの言葉を裏付けるかのように厳しいものだった。一人で、自分の属性とは異なる力を行使し続けることは、相当の負担になるらしい。キクルスを持たない椎菜には実感しようのないことだが、それでもこのままにしておくことは、ランディにとって良くない事態だというのは理解できた。

 他の“炎使い”をと言われて思い浮かんだのは、やはり養父の――ロディオの顔だった。先程のやり取りを思い出すと気まずいものがあるが、彼は街の名士でもある。ロディオが声をかけてくれれば、他にも多くの“炎使い”を集められるだろう。あの魔物を一刻も早く滅ぼすためには、もっと強い“炎”の力が必要なようだから。だから、そのために早くロディオを呼んでこなければと――思う。

 思う、けれど。



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