6 執着 しおりを挟むしおりから読む目次へ ――と、不意にランディの放つ炎が動きを変えた。赤々と燃えるそれが、大蛇のようにとぐろを巻く。そして。 「アレス!!」 ランディが怒鳴るようにして、呼ぶ。それに合わせて、アレスが炎の蛇を斬りつけた。 「――っ!」 突然吹きつけた熱風に、椎菜は顔を歪めて後退った。アレスの振るった剣の軌跡から、風が起こったのだ。それがランディの炎を絡め取り、更に激しく燃え上がらせる。その様子を見て、合点がいった。これもキクルスの力だ。アレスの持つ、風のキクルスの。おそらく、剣の柄に魔石を使った細工がされているのだろう。ここからでは、遠くて見えないが。 風によって力を得た炎は勢いを増し、再び魔物に襲いかかった。魔物は後方に跳ぶ。しかし、それを見越していたのか――ランディが嗤ったように見えた。同時に、炎がぐるりと魔物の周囲を取り巻く。そしてあっという間に、魔物は炎の壁の向こうに姿を消した。 魔物が忌々しげに吼える。 『おのれ、人間が――っ!』 「うるせってんだよ、犬畜生が」 不敵な口調でランディが言った。だが、その目は笑ってはいなかった。琥珀の双眸は厳しく細められ、険しい表情で自身の操る炎を見つめている。そんな彼に、剣を手に携えたままのアレスが問うた。 「――どのくらい掛かる?」 「さあな」 軽い口振りで即答するが、やはりランディは炎から――魔物から目を離さない。椎菜はその様子を見ながら、ふらりと彼らの元へ近づいていく。 「ここまででかい奴、燃やすのははじめてだしな……それなりに時間はかかるんじゃねぇか、やっぱ」 「応援が必要か?」 「出来ればな」 そんな会話の後、前触れなくアレスがこちらを見た。不意のことに驚いて、足が止まってしまう。 「あ……」 ――気づいてたんだ。 あの激しい戦いの最中でも、アレスは椎菜の存在に気づいていたらしい。特に驚いた様子もなく、こちらに歩み寄ってくる。 「シーナ」 よどみない低い声に呼ばれて、椎菜もアレスに近づいた。目の前に立って互いに顔を合わせると、少しだけアレスの表情が和らいだ。 「ありがとう。――無事で良かった」 「別に、あたしは……」 静かに礼を言われて、椎菜は視線を落とした。何だか居たたまれない気分だ。結局、自分は何もしていない。『無事で良かった』なんて科白は、彼らが言われるべきものだろう。魔物と戦ったのは、アレスとランディの二人なのだから。 大口を叩いていたわりに、何も出来なかった。一瞬とはいえ、魔物に怯んでしまったことが悔しくて仕方ない。結果的には椎菜が無茶をする必要はなかったし、二人にも怪我はないようだから、良かったのかもしれないが。 何とも言えない気分で、椎菜は炎を見やった。あの中に、魔物がいる。椎菜を欲しがって、椎菜の大事な人を殺した、忌まわしい存在が。そのことに改めて気づいて、椎菜は唇を噛み締めた。抜き身のままの剣に視線を落とす。 ――今なら、 ――今度こそ、 そんな考えが脳裏を過った。自分の手で、終わらせることが出来るのではないかと。今度こそ、あの魔物を滅ぼすことが出来るのではないかと。 剣を持つ手に力が入った。身体の中心から、抑えようのない衝動が膨れ上がるのを感じる。そのとき、椎菜ははじめて自覚した。 これが、『殺意』だと。 |