6 執着
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(あ――)

 踏み込んで、アレスは魔物を斬りつけた。力強い、流れるような動作。魔物が後退して距離を取る。それを許すまいと、炎と剣とが魔物を追いかける。

 その様子を、椎菜は見ているだけだった。置かれた状況を忘れて、ただ見入っていた。アレスの挙動すべてに、目を奪われて。

「なん、で……」

 乾いた声で呟いた。見覚えがある。あたしはこの動きを――あの人のこの動きを知っている。そう思いながら、まばたきすら忘れて、椎菜の瞳はアレスの姿を追いかけていた。

 それは、静かな動きだった。素早くて、鋭くて――まるで獣のようにしなやかな動きだった。

 綺麗だなと、場違いな感想を抱いてしまった。そして思い出す。はじめてグレイが剣を振るうのを見たときも、そんなふうに思ったことを。

 何で? どうして? その言葉だけが頭の中を駆け巡る。どうしてアレスが、記憶の中のグレイと同じように動いているのだろう。対峙している相手の数こそ違うけれど、でも、その源は同じに見える。容姿はまったく似ていないのに――二人とも長身ではあったが、アレスのほうがずっと細身だ。目の色だって、髪の色だって違う、のに。

 ――どうして、こんなに似てるんだろう。

 泣き出したいような気分で、椎菜は思った。懐かしかったのかもしれない。もしかしたら、悔しかったのかもしれない。だって、あんなにも焦がれていた剣を――椎菜には到底、手が届かない場所にあったグレイの剣を、アレスは呼吸するのと同じくらい容易く自分のものにしている。

 鮮烈で、容赦なく、獰猛に獲物を追い詰めていく、剣の軌跡。魔物と、ランディの放つ炎と――ぶつかり合って、かなり激しい音を立てているはずなのに、その中でアレスの動きだけがひどく静かだった。

 幾度かのぶつかり合いの末、魔物は大きく後ろに飛び退いた。その後を、ランディの炎が追う。掲げた左の手首には、赤い輝石を抱いた輪が見えた。――キクルスだ。このヒマエラ大陸の人間は皆、例外なく、この輝石と共に生まれてくるのだという。古えの時代に精霊から授かった、彼らの力の結晶だ。人間はキクルスの力を媒介にして、精霊に意思を伝え――そして、精霊がそれに応えるのだそうだ。そうすることで、人が炎や水を操る術を手にすることが出来るのだというのが、この大陸での定説。そして多くの人間がキクルスを加工して、装身具や武具に嵌め込んで、常に身につけている。――それが、この世界での慣習。

 赤のキクルスは炎の力を宿すもの――先刻からランディは連続して炎を放っているにもかかわらず、その勢いは衰えを見せない。キクルスの持つ力には個体差があるらしいが、その力の発現には持ち主当人の資質も影響してくるらしい。そのあたり、彼も相当の高い素養の持ち主なのだろう。



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