6 執着
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 ――おいてかないで! ひとりにしないで!



「シーナ」

 静かな、けれど鋭い呼び声に、意識が急速に現実へと引き戻された。椎菜は軽くかぶりを振った。何をやってるんだ、あたしは。今、そんなことを考えても仕方がないだろうに。あの魔物がどうして自分の前に再び現れたかなんて、そんな理由はどうでもいいはずだ。倒さなければならない――そのことに、変わりはないのだから。

 そうだ、今度こそちゃんと倒さなくては――殺さなくて、は。もう九年前とは違う。今の自分は戦う力を手に入れた。そして、罪の意識から己の記憶を封じてしまうほど――もう、そこまで弱くはない。今度こそ、見届ける。最後までやり遂げる。

 ――仇を討つのだ、今度こそ。

 椎菜は魔物を睨みつけた。その表情に恐怖はなかった。ゆっくりと鞘を払い、椎菜は剣を手にする。そしてアレスの元に走り出そうとして、――腕を掴まれた。

「っ! ……何だ?」

 腕を掴んだ相手を振り返って問う。訝しく思って視線を向けると、そこにはランディのしかめっ面があった。

「……何?」

 若干、苛立って訊ねる。もう待てないと、時間がないと言って、ここまでの道のりを急かしたのは彼であるはずなのに。どうして止めるのだろう。訳が分からない。

 椎菜は眉をひそめた。眉間には、これ以上ないくらいの深い皺が刻まれているはずだ。それを見て、ランディがようやく口を開く。

「先に言っておく」

 低い声でランディは告げた。

「無茶はするな。まずは自分の身を守ることを考えろ」

「何を……」

『言うんだ?』と聞き返そうとしたが、それはランディの険しい視線に遮られてしまった。仕方なく、椎菜は口をつぐむ。だが、内心はかなり苛立っていた。ここに来て何を言い出すんだ、この人は。それを察したのか、ランディはすぐにそっと首を横に振った。

「別にあんたの力を認めてねぇとか、そういうんじゃねぇよ。確かなところは知らねぇが、一人で王都に行こうと考えるくらいだ。周りを納得させるだけの技量はあるんだろう。だがな、魔物相手に自分の力を過信するな。あれと戦うときには、それなりの策が必要だ。――あんた、魔物とちゃんと戦ったことはねぇんだろ?」

 その問いに、椎菜は不承不承頷いた。九年前のあれは、戦ったうちに入らない。魔物を退けたのは確かだけれど――椎菜自身の意識のないうちに起きたことだ。それは椎菜の経験ではない。

「足手まといとまでは言わねぇが、あまり前に出られても正直困る。俺たちには俺たちのやり方があるからな。それにあんたはさっき言ったろ。『無茶をする気はない』って。――言質は取ったからな」

 言って、ランディがにやりと嗤った。そして肩を叩かれる。

「あんたの意思は尊重してやる。その代わり、自分の身は責任もって自分で守れ。ロディオ殿の言葉は撥ねつけちまったが――その思いは汲んでやれよ。そこまでガキじゃねえだろ、あんたもさ」

 そう言うだけ言って、ランディは椎菜の返事を待たず、走り去った。アレスの元へ、彼の助けとなるために。椎菜は勢いよく、彼らのいるほうを振り返る。

 突然飛び出して行ったランディに、魔物が気づいた。と、同時に放たれたのは――炎。ランディの左手から炎の帯が生じて、魔物に襲い掛かった。魔物の瞳に、微かな焦りの色が浮かぶ。

 その隙を見逃さず、アレスが動いた。



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