5 覚悟
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 強い視線をそのままに――けれど、少しだけ声を落としてシーナが続ける。

「あたしが墓地に戻れば、たとえ何があったとしても足止めにはなるだろう? 別にみすみす捕まるつもりはないし、それ以前にアレスたちが何とかしてくれるはずだ。無茶をするつもりもないよ。あたしはただ、最悪の事態に備えてるだけ」

「だが……」

 それでも行かせたくないのだと――表情だけで言い表して、ロディオが呻いた。気持ちは判る。彼にとってシーナは義理とはいえ、大事な愛娘なのだろうから。親としての、その言い分は理解できる。

 だが――。

「諦めな、ロディオ殿」

 そう言うと、彼らは勢いよくこちらを向いた。いきなり聞こえてきた声に、二人とも驚いて毒気を抜かれたようだ。ランディは意地悪い笑みを浮かべ、きょとんとした表情のシーナの頭に手を置く。

「なっ?」

 少女が面喰らって、目を白黒させた。しかしランディはそれに構わず、ロディオに向けて尊大に言い放った。

「あんたの気持ちは判らないでもない。親としてなら、当然だろうな。だが街の人間のことを考えりゃ、こいつのほうに道理があんだろ」

「なら、貴殿(あなた)はこの子が……“剣”が危険な目に遭うのを見過ごせというのか!」

 ロディオの激しい口調に、傍らのシーナがびくりと身を竦ませた。しかし、ランディは動じない。冷淡な声で言い放つ。

「旅に出りゃ、遅かれ早かれ、今みたいな事態になってただろうよ。ここから王都まで、何事もなく行けると思ったら大間違いだ。それが判ってたから、あんただって『護衛』を雇わせようとしてたんじゃねぇのか」

「それは、」

 言い淀むロディオを見て、ランディはいよいよ舌打ちをした。いい加減、時間が惜しい。こうしている間にも、アレスは追い詰められているかもしれないというのに。

 ――気持ちは解るけどな。

 胸中でひとりごちる。けれど、これ以上は付き合っていられない。ランディは両腕を組み、ロディオに向き直った。厳しい眼差しで彼を見据え、――そして口を開く。

「確かに“剣”は守られて然るべきだろう。唯一、フォルトナを滅ぼすことが出来る存在なんだからな。だが、同時に“剣”はこの国を守るべき者でもある――そのことを忘れたか」

 そう告げた口調はがらりと変わっていて――ロディオもシーナも、驚いたようにこちらを見上げてきた。その視線を受けて、ランディは胸の内だけでこっそり苦笑する。手っ取り早く説得するという目的に於いては、やはりこの話し方のほうが色々と都合がいいらしい。

 後で何か勘繰られるかもしれないと考えると鬱々とした気分になるが――それでも、今はこのやり方が必要だった。一刻も早くここを離れて、アレスの元へ向かわなければ。ランディはそう思いつつ、更に言葉を重ねた。

 逆らうことなど、けっして許さない――圧倒的な強さを見せつけるような、そんな口調で。

「フォルトナと対峙することを決めた時点で、この娘は危険に晒されている。そんなことも判らずに、お前は娘が“剣”として起つことを認めたのか――ロディオ=マグニス」

「……貴殿は、」

「俺に対する詮索なら、後回しにしろ。――答えろ、ロディオ=マグニス。この娘は、既に一人で起つ覚悟を決めている。足りないのは、お前自身の覚悟だ」

 大事な存在が、自分の手の届かぬ場所で危険に晒されたとしても、その帰還を信じて待つ覚悟が。




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