4 襲来 しおりを挟むしおりから読む目次へ ――背が高いなぁ、と今更ながらに思った。頭ひとつ半の身長差といったところだろうか。 「……何だ?」 ぼーっと見上げていたら、アレスの困ったような声が聞こえた。椎菜は慌てて口を開く。 「あのっ、そういうことなら、あたしも敬語とかいらないから。マグニスの家はそれなりの家柄みたいだけど、あたしはそういうの慣れてないし。それに、あなた達を雇うつもりもないし」 「ロディオ殿は納得していないようだが」 「それはそれ! とにかく、あたしのことも呼び捨てでいいから。アレス、でいいんだよね? そういうことだから、よろしく」 「……雇うつもりがなくて『よろしく』というのも変な話だな」 慌ただしく告げた言葉を、アレスは冷静に指摘した。僅かに首を傾けて、何だか愉しげにこちらを見下ろしている。椎菜は唇を尖らせて、顔を背けた。 「悪かったですね! じゃあ、他にどう言えっていうんですか!」 「別に悪いとは言っていないが……」 その科白とは裏腹に、アレスの声は笑みを含んでいた。すっかり憮然とした椎菜は思いきり睨みつけてやろうと、再び彼の方を向く。その、刹那。 飛び込んできたアレスの表情に、椎菜は瞬き、――また首を傾げた。 アレスは口許に笑みを湛え、そして優しい目で椎菜を見ていた。びっくりするくらい穏やかな表情に、椎菜は心臓の動きが速まるのを感じた。それと同時に、胸に引っ掛かる何かの存在も。 ――何だろう……? 引っ掛かる、違和感のようなもの。だが椎菜がその正体を突き止めるより先に、笑みを引っ込めたアレスが口を開く。 「シーナ」 「な、に?」 生真面目な声で呼ばれて、椎菜はぴくりと肩を揺らした。アレスの纏う空気は一変していて、二人の間に緊張感が漂う。 一体、何を言われるんだろう。椎菜が身構えていると、アレスが今までとは違う硬さを含んだ声で言った。 「――護衛の件なんだが」 「それは、さっき言った通りだよ」 それ以上は言わすまいと、椎菜はアレスに強い視線を向けた。そして、はっきりとした口調で続ける。 「誰が何を言ったって、あたしの気持ちは変わらない。一人じゃ危ないって言いたいんだろうけど、あたしだってそれはちゃんと判ってる。だから、時間をかけて準備してきたんだ。一人でも、王都までの旅に耐えられるようにって」 「――ずいぶんと腕に自信があるんだな」 僅かな沈黙の後、アレスが試すようにこちらを見た。頭から足下まで、厳しい眼差しで。椎菜は後退りしたい衝動にかられながら、何とか踏み止まって、負けないように彼と向かい合う。 そして、きっぱりと告げた。 「あるよ」 剣の基礎は、グレイに厳しく叩きこまれた。師匠が亡くなったあとだって、鍛練を怠ることはなかった。“剣”の責務を担うと決めてから、ずっとずっとそうしてきたのだから。自惚れているつもりはないが、それでも自負はある。 |