4 襲来 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「此処は?」 「え?」 問いかけに面を上げた。目をやるとアレスは神妙な面持ちで、椎菜のすぐ側に突き立つ剣を見下ろしている。彼が再び口を開いた。 「墓地、なのか?」 「あ、あぁ。そう……」 椎菜は頷いて、少し身体をずらした。突き立てられた剣が、アレスにもよく見えるように。 「九年前の……魔物の襲撃で、亡くなった人たちの」 「そうか」 アレスは答えると、一瞬だけ眉をひそめた。それから黙祷を捧げた。椎菜はどこか不思議な思いで、その横顔を見上げ、――そしてたどたどしい口調で訊ねた。 「何しに来たんです、か?」 「……何ということもないが」 アレスが目を開けた。 「あなたの説得が終わるまで屋敷に留まるようにと、ロディオ殿から言われた。時間がかかりそうだったから、少し散歩でもしてこようと思って歩いてたら、ここに」 「そうですか」 答えながら、椎菜は眉間に皺を寄せた。やはり、ロディオに諦める気はないようだ。どうしたものかと苦々しく思っていると、アレスがこちらに顔を向けた。そして、淡々とした声音で言う。 「あなたが護衛を拒むのは――」 彼は再び、目線を剣へ落とした。 「ここに眠っている人たちに関係があるのか?」 「……そうです」 いきなり核心を突いてくるような問いに、椎菜は表情を歪めて頷いた。だが、それ以上は明かさない。黙ってアレスの言葉を待つ。 アレスは「そうか」と吐息混じりに呟いて、両目を閉じた。何かを噛み締めるようなその表情に、椎菜は胸がざわざわとするのを感じる。 知っているのだろうか、と思った。此処に眠る誰かのことを。だから、こんなにつらそうな、哀しそうな横顔をしているのだろうか。 アレスがゆっくりと目を開ける。青灰色の双眸に湛えられている静かな光。それは先刻、一瞬だけ椎菜に向けられたのと同じものに見えて――何故か判らないけれど、椎菜は思わず呼び掛けてしまった。 「アレス、さんっ」 変なところでつっかえながらその名を呼ぶと、アレスは面食らったようだった。彼の両目からは、もう哀しげな色は消えてしまっている。それに気がついた拍子に、何を言おうとしていたのか、頭の中から消し飛んでしまって、椎菜は焦った。 どうしようかと、視線をさ迷わせる。だが、すぐに気づいた。アレスの表情が、少し和らいでいることに。 「えっと……」 「『さん』はいらない」 椎菜が言いかけるのを遮って、アレスはかぶりを振った。それから肩を竦めてみせる。 「堅苦しいのは苦手なんだ。呼び捨てで、普通に話してくれて構わない」 「……自分は畏まった言葉、使ってたのに?」 先程の会談でアレスは――ついでにあのランディとか言う若者も、ずいぶんと慇懃な言葉使いをしていた。特にアレスはロディオだけじゃなく、椎菜に対してもそうだった。だから椎菜にしてみれば、それに合わせていただけなのだが。 椎菜が首を傾げると、アレスは微かに苦笑を浮かべて言った。 「雇い主にあたる人と、はじめて話したんだ。いきなり、そんなにくだけた調子では話せないだろう?」 「そっか……」 納得して、椎菜は口許に手を当てた。そして少し考えたあと、アレスを真っ直ぐに仰ぎ見る。 |