4 襲来
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 だけど、椎菜は覚えていない。彼らの命が、奪われた瞬間を。グレイが魔物に殺された瞬間を。最期の最期まで自分を守ってくれていたはずなのに。その瞬間を目の当たりにしたはずだったのに。

 多分、防衛本能なのだろう。あのときのことを思い出して、壊れてしまわないように。椎菜自身が椎菜の心を守るため、記憶に蓋をしたのだ。

「ずるいよね、あたし……」

 椎菜は俯き、腰に差した長剣の柄を握り締めた。あのときに、この剣を役立てることが出来れば。もしかしたら、誰も喪わないで済んだかもしれない。今となっては、どんなに思っても意味のないことではあったけど。

 けれど、考えずにはいられなかった。自分はこうして生きている。あのときのつらい記憶を閉じ込めることで、狂いもせず、壊れもせずに。

 それでも時々、綻びから見え隠れする記憶があった。グレイのものとは違う手が、幼い椎菜を引き摺っていく。――嫌だ! グレイと一緒にいるんだ! そう言って、その手を振りほどいた自分はどうしたのだろう。その後、何を見たのだろう。それ以上のことは何度考えても、思い出せない。

 椎菜は緩くかぶりを振って、顔を上げた。見上げた空は蒼く、澄んでいる。胸に突き刺さるみたいに、透明な色。吹き抜ける風が髪を弄ぶのをそのままにして、椎菜はそこに立ち尽くしていた。が、視線を感じて勢いよく振り返った。

 鋭く向けた目の先にいたのは、先刻会ったばかりの若者だった。暗い茶髪に青灰色の瞳をした、落ち着いた物腰の。確か、名前は――。

「アレス=グリフォード……」

 ぽつりと呟いた気配を察したのか、アレスが淀みない足取りでこちらに近づいてきた。椎菜は身体ごと向き直る。

「こんな所にいたのか」

「……何か?」

 先刻のやり取りを思い出し、椎菜は気まずい気分で応じる。だが、アレスには気にした様子は見られない。アレスは椎菜の目の前まで来ると、少し口許をほころばせて告げた。

「ロディオ殿が、血相を変えて捜していた。何でも窓から抜け出したとか?」

「あのまま家にいたら、またマーサに怒られるもの」

 ますます気まずくなって、椎菜は僅かに視線を逸らした。あの後、一方的に話を切り上げて自室に戻った椎菜はすぐに髪をほどき、着替えて、窓から外へ出た。文字通り、窓枠と近くに生えていた木を利用して飛び降りたのだ。そして、此処にきた。化粧を落とす余裕はなかったから、今の格好はひどくちぐはぐしたものに違いない。

 何だか余計に顔を合わせづらく思えてきて、椎菜は俯く。そのとき、アレスが訊ねてきた。



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