3 フォルトナの剣 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「九年前のあの日、本当に凄惨な光景が広がっていたんだ。俺は父に遊びに来いと言われて、偶然リウムに居合わせた。街の外が騒がしくなって、父が心配になった俺は街外れまで走った。そこで、傷だらけの彼女を見つけた」 組んだ両手に力が入るのが判った。ランディは黙ったまま、続きを待った。アレスは平淡な声音で語る。 「まだ小さな子どもだった。だが、彼女は見てしまったんだ。自分を庇って、魔物の犠牲になった大人の姿を。その中には父の姿もあった。父はロディオ殿の友人で、きっと彼女も名前を知っていたはずだ」 「だから、か」 ランダールの名は、彼女にあの日のことを思い出させる。普通に考えても、思い出すには苦痛な出来事だ。まして、あれほどまでに彼女は護衛を――守られることを拒んでいる。相当深い傷となって、彼女の心に残っているに違いない。 「判った」 ランディは言って、天井を仰いだ。 「そういうことなら、俺も余計なことは聞かねぇようにする。悪かったな、無理に聞きだしちまって」 「いや」 アレスがこちらを見て、少し表情を和らげた。それから、静かに立ち上がる。 「どうした?」 ランディが首を傾げると、アレスは大きく伸びをして入口に向かって歩き出した。 「少し、外の風に当たってくる」 「すぐ戻れよ?」 声をかけると、アレスは片手を上げて扉の向こうに姿を消した。ゆっくりした足音が遠のいて――聞こえなくなった頃、ランディは再び大きく息をついて、額に手を当てた。 そして、ぽつりとこぼす。 「王都、か」 王都イエルナーダ。ロディオから示された、今度の旅の目的地。そして明かされた、本当の依頼人。 「――リラ=フィリス=アストリア」 どこか遠い眼差しで、ランディはその名前を口にした。深く、低く、愛しむように――。 第三話『フォルトナの剣』了 |