3 フォルトナの剣 しおりを挟むしおりから読む目次へ 二人も椎菜を覚えていたらしく――特に、あの失礼な酔っぱらいのほうは、着飾られた彼女を見て、とても愉快そうに口の端をつり上げてみせた。明らかに馬鹿にしているのだろう、その態度に椎菜の怒りはますます増した。 もう片方の男も驚いたように、まじまじとこちらを見た。酔っぱらいと違ってからかうような雰囲気はなかったが、やっぱり似合わないと思っているのだろうと考えると、居たたまれない気分になった。しかし、その一方で椎菜は男の奇妙な表情を目にした。 ほんの一瞬だったけれど、揺らいだのだ。椎菜を見て、青灰色の瞳がひどく哀しげな、傷ついたような色を浮かべた。何でそんな目で見るんだろう? 首を傾げた次の瞬間には、もう消えてしまっていたけれど。 彼らは一体、何処の誰なのか。口に出して訊ねるより先にロディオが紹介してくれた。酔っぱらいはランディ=クリス、そしてもう一人の青年はアレス=グリフォードと名乗った。椎菜は、そこで思い出した。ロディオが親しく手紙のやり取りをしている人の中に『グリフォード』という名前が、確かあったはずだ。 ということは、アレスが養父の知り合いなのだろう。彼の親がロディオと古くからの友人で、その縁で今回の仕事を依頼した――そのことを理解して、椎菜は舌打ちをしたくなった。 ――必要ないって言ったのに。 この二人を自分の護衛につける気だ。ロディオの思惑に気がついて、椎菜は彼を睨んだ。けれどロディオはそれを鮮やかに無視して、アレスたちに向けて話し出した。“フォルトナの剣”にまつわる、伝承を。 そして、その話は四半刻経った今も続いている。 「――狂ったフォルトナはある人物の手によって、鎮められたと伝わっています。ご存知ですか?」 それまでよどみなく語っていたロディオが、不意に青年たちに向けて訊ねた。その問いに、ランディが掠れた声で応じる。 「当時の、古代アストリアの王族だった巫女姫……」 呟いたランディの声に、昨夜のようなふざけた様子はなかった。覇気すらも感じられない。よほど不自然な態度なのか、アレスが不思議そうな目をランディに向ける。 だが、誰も何も問うことはしなかった。代わりにロディオが深く頷いて、ランディの言葉を肯定した。 「最もフォルトナの寵愛を受けたと言われる人間……彼女の持つキクルスが強大な力を持っていたことから“聖魔の巫女”とも呼ばれています。フォルトナは狂いゆくその過程で、彼女にある物を託しました。取り返しのつかない事態に備えて」 自我を失い、世界を滅ぼしてしまう前に、フォルトナは自らを傷つけることのできる武器を巫女姫に授けた。 一時は神獣と崇められた精獣を滅ぼすことのできる、唯一の武器を。 「それが“フォルトナの剣”。巫女姫はそれを使って、フォルトナを鎮めました。しかし、フォルトナの力が強かったせいなのか、滅ぼすまでには至らなかった。封印するだけに止まって……そのために現在も、この大陸は魔物の脅威に晒されているのだと。そして、フォルトナは今もこの大陸で眠りについています。その場所が、」 「王都だって言うのか……?」 呻くように、ランディが訊ねた。隣に座っているアレスも厳しい表情で、ロディオを見つめている。ロディオはそれを正面から受け止めて、重々しく口を開いた。 |