3 フォルトナの剣
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 養父(ちち)が話す、フォルトナの伝説を隣で聞きながら、椎菜はこっそりため息をついた。その拍子に背筋が曲がる。腹部をぎゅっと締め付けられて、椎菜は思わず眉根を寄せた。養父とは反対側に座る養母が、たしなめるようにこちらに目を向ける。椎菜は慌てて姿勢を正し、すました表情を作り、――胸中だけで嘆息した。

 先刻、養母――マーサに叱り飛ばされた椎菜は部屋の中に引きずりこまれ、あれよあれよという間に着替えさせられた。髪も結い上げられ、そのうえ化粧まで施されてしまった。略装なので、ひらひらふりふりの装いは免れたが、それでもいつもの脚衣姿より動きづらい。髪もきつく結わかれているので、頭の皮膚が引き攣れてしまいそうだ。

 マーサは優しいときは底抜けに優しいが、厳しいときは容赦なく厳しい。今回のように、椎菜が約束を破るようなことがあると『お仕置き』と称して、椎菜を飾り立てるのだ。椎菜が化粧もドレスも、そういった格好での立ち居振舞いも苦手にしているのを知っているから。

 仕方ないじゃないかと、拗ねた気分で椎菜は思う。七歳までとはいえ、椎菜が育ってきたのは日本のごく普通の一般家庭だ。ドレスなんて着る機会はないし、化粧なんて七五三でやったくらいだし。だがそれとは逆に、マグニスの家はリウムの名士でそこそこの家柄だった。世話になるようになってから、椎菜も色々と教育を受けたので取り繕うくらいは出来るようになったが――こっちに来てから十年以上が経った今でも、そういう部分は馴染めない。

 言わば、この“仮装”はマーサから椎菜に対する効果覿面の罰ゲームなわけだ。

 ――こんなことなら、おとなしく時間になるまで待ってれば良かった。

 あのときの自分を思いきり罵倒してやりたい。椎菜はそう思いながら、腹筋に力を入れた。背筋を伸ばし、前を見据える。そうすることで自然と目に入ってくる客人の姿に、椎菜は再びため息をつきたくなった。

 客人は二人いた。椎菜より幾らか年上の青年だった。二人の若者は椎菜の養父――ロディオの話に真面目に聞き入っており、こちらの視線を気にする様子はない。しかし、彼らの顔に見覚えがあった椎菜はマーサに咎められない程度に視線を険しくさせた。

 そこに居たのは、昨夜椎菜に絡んできた酔っぱらいと、その連れだ。

 引き合わされたとき、叫び出さなかった自分を褒めてやりたい。実際はマーサの目が怖かったのと、窮屈な衣装に動きを妨げられたからおとなしくしただけなのだが――未だに椎菜は彼ら、というか、その片割れに腹を立てていた。





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