10 旅路の夜
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『行ってらっしゃい』と告げた言葉に、シーナは確かに『行ってきます』と返してくれた。だが、そのときの笑みの曖昧さがマーサの不安を煽る。


 ――あの子はちゃんと、

 ――帰ってくるつもりなのだろうか。


 そんな不安が胸の内に巣食って、離れない。此処とは異なる世界からやって来たあの少女は、未だにこの家を自分の居場所だと思っていない節がある。自分が居ていい場所だとは思っていないようだから。

「……なるようにしか、ならないわね」

 そっと呟く。シーナを送り出した今、あとはもう信じるしかない。信じて、待つしかない。『見届ける』と言ったランディを。父親との約束を守ろうとしているアレスを。そして何より、あらゆる覚悟を決めて【剣】の責務を担ったシーナ自身を。

 出会ったときからずっと守り続けてきた娘の行く末に思いを馳せて、マーサは静かに両目を伏せた。



*  *  *



 旅先の、ある宿の一室。夕食時もとうに過ぎた時分に、椎菜は前触れなくその部屋を訪れた。共に旅をしている男たちの部屋だ。

「……有り体に言や、幼なじみってヤツだよ」

 突然、酒瓶を持って現れた少女の勢いに面食らいながら、不承不承といった様子でランディがそう話し出したのは二杯目を空けたときだった。椎菜はそれを聞いて、軽く目を瞠る。

「初めて聞いた」

「そりゃ言ってねえし」

 リラにとっても聞かれて嬉しい話じゃねえからな――ランディは嘯くように言って、手元の酒をあおる。宿屋の主人に言って結構強い酒を用意してもらったのだが、ランディは先程から水でも飲んでいるかのようだ。ぱかぱかと器を空けていくのを見て、椎菜がさっきとは別の意味できょとんとしていると、隣に座ったアレスがこっそりと耳打ちしてきた。

「いいのか?」

「何が?」

「ランディはザルを通り越して、枠だぞ」

「枠……」

 その言葉に空恐ろしさを感じて、椎菜はおそるおそるランディの表情を窺う。確かに表情はいつもと変わらない。飄々とした、人を食ったようなそれ。

 酔わせて洗いざらい吐かせようという思惑は、もしかしたら失敗だったかもしれない。椎菜はこっそりとため息をついた。


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