冷たい雨風が、容赦なくシキの頬を叩きつけていく。
鉄骨が剥き出しになった階段は一段下りていく度に軋み、今にも足で突き破ってしまいそうだ。それでも、躊躇する訳にはいかなかった。 先頭のシキに続き、満身創痍となった少年達が、次々と階段を駆け下りていく。 ところが、いくら下りても。彼らが待ち望む終着点が、見えることはなかった。
──おいっ、ルートがいないぞ!
雨音に混じって、仲間の一人が、そう叫けんだのを、シキは、確かに耳にした。
「えっ?」
急ぐ足を止め、振り返ってみると、此処になくてはならないはずの彼が、居なくなっていた。
脱獄チームの司令塔であった、ルート。仲間から頼りにされていた分、消失後の反動は大きかった。 一気に足並みは崩れ、看守の追撃にも対処仕切れなくなってしまう。 「イヤだ、待ってくれ! お願いだ、俺を置いてかないでくれ。おいっ、待ってくれったら!」 「痛いよ、いたい、助けて、」 「こんなとこに、置いてかないで」 一人、また一人と仲間が捕らわれていく。 このままでは、脱獄に失敗してしまう。出口はもう、直ぐそこだというのに。
「もうイヤだっ! こんなの、もうイヤだ。下りても、下りても! まだ出口に着かないじゃないか」
目に涙を溜めながら、訴える。
「一体いつまでっ、こんなこと続けなきゃなんないんだよ!」
それが、起爆剤となったのか。仲間達が次々と不平を並べる。 「み、みんな落ち着いて、大丈夫だから。ルートも大丈夫だから」
恐慌状態に陥った者を執り成そうとするには、シキ一人では荷が勝ちすぎた。
「何が大丈夫なんだ、何処行ったんだよ、アイツはっ!」
想定外の事態に長時間の逃走、心身共々シキ達には限界を越していた。
一体ルートは何処に行ってしまったのか。安全な逃走経路を導き出したのは彼だ。それなのに、途中で迷った訳ではあるまい。
(まさか、ルートは)
半信半疑であるが、シキには、心当たりがあった。
「そこで待ってて、直ぐルートを連れて戻るから!」 残った仲間を非常用扉付近で待機させ、彼を探しに戻ったものの……
「見つけたぞ、逃亡犯が!」 運悪く、巡回中の看守二人に、見つかってしまった。 引き返そうと、すぐさま身を翻すが、 「ぎゃあっ!」 背後から、細い光線が放たれ、シキの左足を突き抜いた。
「バァカ。そう易々と逃がす訳ないだろ?」
長い白衣を羽織った中年の男は、半透明の銃を弄びながら、せせら笑う。 倒れ込んだ床には、とても小さな、穴が空いていた。 穴の周りには、焼け跡もヒビ一つ無い。一点にのみ、光線を集中連射して出来た穴だからだ。 たとえどんなに分厚い鉄鎧でも、一撃で貫いてしまう。見た目より遥かに高い殺傷能力。 看守でも、幹部クラスにのみ所持が許される、高性能の銃器。
「レーザーガンなんて、卑怯だっ」 「ほー。よく知ってんなァ、ボウズ。じゃ、これはどうだ?」
シキを小馬鹿にしながら、男は天井に向けて、二発、銃を放った。 一斉にサイレンが鳴り響いたのと同時に、シキが入ってきた通路のシャッターが下ろされてしまう。 完全に、退路を断たれた。それでも、逃げなければ。立ち上がって逃げなければ、いけない。 しかし、肝心の足が、痛みのあまり、動かなかった。
「おい」
男は、傍にいた部下らしき半袖丈の白衣を来た青年に命令する。
「リーダーに連絡しろ。残り二匹のうちの、片方を見つけたってな」 「了解」
(ウソだ。みんな、捕まった?)
シキは尻餅を付いたまま、後退るが、看守達との距離は縮まるばかりであった。辺りを見渡しても、逃げ道は無い。後ろのシャッターは閉じたままだ。
「あんな所に固まっているんだもんなァ。袋のネズミだったぜ?」
男は嫌らしい笑みをシキに向ける。
「大人しそーな面しといて、大したガキですよね、コイツ」 「だな。オトモダチをダシに、テメェらだけコッソリ逃げようとするなんてよぉ」 「まぁ所詮、餓鬼の浅知恵ですけど。爪が甘かったな、ボーズ」 「違っ、オレは!」
見下した物言いに、耐えきれなくなったシキは反論を述べようとするが、 「言い訳はいいんだよ。もう諦めな」 男が懐から取り出した鎖を目にした途端、何も言えなくなってしまう。 抵抗出来ないよう、あれで繋ぐつもりなのだろう。折角、ここまで逃げてきたというのに。また、牢に連れ戻されてしまう。 嫌だ。あそこに戻るのには、もう。いやだ。
(助けて、ルート!)
絶望の淵に追い詰められた、まさにその時だった。 ブツリと、何かが切れた音がしたのは。
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