□ 序章:[ 宝物 ] 第一章:[     ]
第二章:[    ]



 シデンが部屋から出ていってから、暫く経った後。足に絡み付いた、酷く湿って重くなったシーツをそのままに、部屋の片隅まで這っていく。途中、脱ぎ捨てられた衣類を拾い、部屋の隅に置かれた紙袋をシキは中身をそっと確認する。袋の中身は、増えていた。明らかに前に目にした時よりも、食料が倍以上ある。
 ズボンのポケットには、先ほどまで無かったはずの紙幣が数枚、丁寧に折り畳まれた状態で入っていた。

「ふっ、」

 それは、清掃班のシキが、一日中死ぬ気になって働いても、見ることが無い金額だった。当たり前だ。受刑者であるシキに与えられる作業賞与金など、所詮微々たるものだ。
 正規の方法では、到底拝めることの出来ない。

「ふぅっ、う、うう」

 ふいに一滴の水滴が、皺が寄った紙幣の中心に落ちた。ジワリと紙幣にシミとなって広がる。

(ちくしょうっ、あいつ! こんな、馬鹿にしてっ)

 身に纏っていたシーツを引き剥がすと、握り潰した紙幣ごと丸めて壁に叩きつけた。
 積み上げられたバスタオルを鷲掴むと、皮膚が剥がれ落ちると思えるくらい、力強く全身を隈無く拭いていく。
 何度拭ったとしても、行為中の名残など、もう残ってなどいない。だが、シデンがシキに触れた感触、いいように弄ばれた記憶は消えなかった。
 シデンが望む通りの“見返り”を与えた後。頼みもしないのに、シキの身体を清めて、去っていった。
 初心者に無理はさせたくないから。
 そう言って、結局最後までは要求されなかったのがせめてもの救いだった。

「う、うう」

 小刻みに肩を震わせながら、自らの体を抱き締める。

 こんな、惨めな境地に立たされるのなら。いっそのこと、好きなようにされた方がマシだったのかもしれない。そうすれば、都合の良い言い訳がいくつも出来た。裏切りだ、これは。自分が愛しく想う“彼”に対する。

「帰、らなきゃ」

(きっと、ルートがお腹空かせて待ってる)

 躊躇いもあったが、皺だらけになった紙幣を懐に入れた。リネン室から出ると、早足に戻ろうとしていたシキだったが、足を止めた。見覚えのある少年が三人、床下に転がっていたのが、目に止まったからだ。
 醜く痩せ細った彼らは羨ましそうに、腕の中にある膨らんだ紙袋を見詰めている。
 シキは彼らから目を背けると、重くなった紙袋を抱え直し、ふらついた足取りで歩き始めた。
(早く、帰らないと)

 通路の先を進んでいけば、そこには向かい合う様に並ぶ、十数箇所の鉄格子がある。
 檻の前には、白衣を羽織った男達が待ち構えていた。
 此処に収監された全ての少年達を取り締まる「看守」だ。
「これからA地区の点呼を取る。さっさと房順に並べ」
「そこにいるお前もだっ。早くしろ!」

 男の怒声にシキは慌てて、横一例に整列していた少年達の空に埋まった。
 同時に、長めの右袖を引かれる。

「え?」

 視線だけ、チラリと右に移せば、隣の少年がシキに向けて面妖に微笑んでいた。
 少年達の中でも、その少年は一際小柄で、整った顔立ちしていた。シキの同房者であり、A地区のリーダーである「ルート」であった。

「三人、足りないな」
「102、106、おいおい。また、114番か? ったく、アイツはいくら言っても駄目だな」
「どうせ、トロくさいせいでメシを他のガキ共に奪われれんなら最初から受け取らなきゃいいんだ。自分は水だけで十分ですってな」
「違いねぇ」

 聞こえよがしに、あざ笑うと看守達は監視部屋へと戻っていった。

 真向かいの檻に、蹲る一人の少年。もう四日も、まともな食べ物を口にしていないことをシキは知っていた。彼の同室が114番、廊下に転がっていた者の一人だということも。
 けれど、所詮人事だった。何の利益も得ずに手を差し伸べることは、何れは己の身を滅ぼすだけと知っているから。
 要するに、ギブアンドテイクな関係なだけ求められる。人から何かを得たいのなら、自らもまたそれに相応なモノを人に提供しなければならない。
 ただじっと救世主が現れるのを待っていても、仕方がないのだ。誰も助けてはくれない。

 真向かいの二人は、何時まで経っても、他力本願で、自らは何も変わろうともしなかった。
 人間、死ぬ気になって探せば、一つ位は「強み」を見つけられただろうに。例え、それがどんなに汚い事であろうとも。
 変に、卑屈になるから、あんな目に遭ってしまう。
 しかし、シキは同情すると共に、自分が彼らとは違う境遇に置かれていることに、確かな優越感を抱いていた。 勿論、自分が他より、僅かでもまともな生活を送れるのは全てルートのおかげだと感謝している。
 此処での生きる術は、全て彼に教わった。
 ルートは、天才だった。
 シキが聞いた話によると、収監されて間もなく、A区域のリーダーに抜擢されたらしい。血気盛んな他の区域と違い、同区域内での揉め事が一切無いのも、全てルートの力量によるものだった。揉め事が少なければ、看守の理不尽な要求を押しつけられるのを多少は減少出来る。危険を伴う厄介事は、問題が多い区域にまわされるからだ。

「ルー……」
「遅いよ」

 シキが名前を呼ぶよりも先に、ルートに背中から抱き締められた。

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