先方の戦で、負傷されていながらもそれを隠したままだった政宗様が、意識を失われた。
不幸中の幸い、命は何とか取りとめられたものの、まだ目を覚ます気配は無い。
あの小十郎様でさえ政宗様の負傷に気付かなかった。私なんかが気付けるはずがない。

奥州への道中、政宗様の負傷に気付いた私達伊達軍は真田幸村や武田信玄のご好意の元、武田の地に身を預けている。
あの時、好敵手である真田幸村の言葉に耳を貸さなかった政宗様は撤退をさぞかし悔しがっているのかと、私はその背中を見ていた。
いつもの政宗様の大きな背中だった。
頼れる、奥州筆頭。
弱みなど誰にも見せることのない政宗様は、辛い時、苦しい時どうしているのだろうか。
小十郎様にでさえ弱音を吐くことなど無いという。私とて戦に出る身だ。女としての全てを捨てて政宗様、そして伊達軍、奥州に全てを捧げる気でいる。
その覚悟は十分にあるつもりだ。
だが人間誰しも弱みは持ち合わせている。それでこそ人間なのだ。だから人の痛みが分かり、人を愛し守ることができる。
私が少し物憂げな顔をしているのを察知して政宗様はいつも優しい言葉をかけてくれた。
それだけで私の憂鬱はいつもどこかへと飛んでいってしまう。この身を捧げると決めた時から分かりきっていたはずなのに、時々無性に自分の足元を掬われるような気分になる時があるのだ。
奪ってきた命の数、死んでいった仲間、守りきれなかった仲間、本来ならば手に入れることができた女としての幸せ。
そんなものが時々頭を過ぎっては私を暗い影へと引きずり込む。
それでも政宗様が居てくださるというだけで、私はいつもその暗い影から救いの手を差し伸べてくださる政宗様に助けられてきた。

政宗様を、暗い影から助け出せる人物は一体誰なのだろうか。
私では、救いにはならないだろうか。救いの手を差し伸べ、政宗様を悲しさや様々な負の感情の渦から少しでも救い出せたりはしないだろうか。
まだ眠っている政宗様を、傍でじっと眺めながらそんなことを先程からずっと考えていた。
小十郎様が今後の軍議の為に出ていかれたのが一刻ほど前で、私は政宗様の容態を見守っているよう任されている。
いくら武田が好意で招いてくれ、こうして治療までしてくれたといえど敵陣のど真ん中といっても過言ではない。
いつ何処で誰が負傷し動けない政宗様を狙ってくるかどうか分からない。気にしすぎかもしれないがこのぐらいの心持は必要だ。

そう、今私のすぐ傍で眠っているのは奥州筆頭、伊達政宗。
その首を狙うものは数知れず、今までも何度も死線を潜り抜けてきたのだ。これを好機と思う輩がいてもおかしくはない。

その時、ふと襖越しに人影が見えた。


「失礼致します」


そう丁寧に挨拶をし入ってきたのは、政宗様の好敵手、真田幸村だった。
この男…今のこの機会に政宗様を狙うなどという真似はしないだろうとどこか私の中で信頼のようなものがあった。
何故だか分からないが、政宗様がいつか言っていたように真田幸村とは正々堂々と果し合いをしたいのだろう。きっと、この男、真田幸村も同じように。


「名前殿、政宗殿の具合はいかがであろうか?」

「まだ目が覚める気配はありません。お気遣い、感謝致します」


私は真田幸村に深々と頭を下げた。
この男、政宗様の容態が気掛かりなのか何度も何度もこの部屋へと足を運んでいる。
いずれは政宗様の敵となりうる男。万が一そのようなことは有り得ぬとは思うが、政宗様の命を奪うことになるかもしれない相手。
そう思うと目の前の清廉潔白なこの真田を今ここで息の根を止めておくのが政宗様の為のような気がしてならなかった。

政宗様は生きていかなければならない人。
奥州の為にも、たくさんのものを背負っている。だからこそ命を狙う奴など許せぬ。

いつもの槍はもちろんのこと、持ち合わせていない。
今私が真田に斬りかかったとしたら、どうなるのだろうか。
静まり返った部屋で、先程からそのような考えを何度も何度も巡らせていた。
真田の付き人のような忍…猿飛佐助がどこかで私の行動を見ているかもしれない。気配は分からないが近くに居るのは分かった。
下手なことをすれば真田の命を奪ったとしても私も死ぬことになるのだろう。それでも政宗様の命を奪う輩がひとりでも減るのであれば、この命、惜しくもない。


「真田様」

「名前殿、そのように畏まらないでくれ。先程から何度幸村で良いと言っただろうか?」


真田は少し困ったような笑みを浮かべ私を見た。
今はこうして対織田の為に手を組んでいるとはいえ、元々は敵同士の私に「幸村でいい」となどと言ってきたこの男の本心は一体何なのだろうか。
単純に素直で、好意を持って言ってくれているのだろうか。それとも油断させる為か。こう疑い深くなってしまった自分の性分を少し憎らしく思う。
昔の私ならば素直に真田幸村と話でもできたかもしれない。だがこうして戦に出るようになって人を信じるという気持ちをどこか無くしてしまったように思う。
私が信用できる唯一の方は、政宗様だけ。
そう、政宗様だけ。
だから、政宗様の命を狙う奴は、誰であろうと私が許さない。

名前を呼んだきり、何も言わない私を不思議に思ったのか、真田は少し首をかしげ「名前殿?」と声をかけてきた。
私が今からする行動など全く思い浮かびもしていないのだろう。


「貴方様は、いつか政宗様の命を狙うお方です」


ゆっくりと言葉を紡ぐ。
真田の目をしっかりと見ながら。
途端に真田幸村の表情は険しくなり、戦場で見せる「真田幸村」の顔つきになる。
普段の顔など私はよく知らないが、先程からの行動を見ている限りでは普段は比較的穏やかな人物なのだろう。
それがゆらり、と纏う空気を変えた。ほんの少しだけ。そう、まるで炎が少し揺れるかのように少しだけ。


「今私がここで貴方の命を奪ってしまえば、政宗様に危害は及びませぬ」


左に差した刀にすっと手をかけた。
静寂が部屋に訪れる。聞こえるのは微かな政宗様の吐息のみ。
丸腰の相手を斬るのは気が引けるが、これも政宗様の為。全ては政宗様の命の為。政宗様の為。


「今ここで俺を殺すというのか、名前殿は」

「もしそうならば、真田様はいかがなさいますか」


少し低い声で語りかけてきた真田は、想像していたよりも落ち着いた口調だった。まるで私に自分は殺せないとでも言うように。
私の力を見くびってのことだろうか。確かに一対一でやり合えば到底敵う相手ではない。今この状況ならば、どうにかなるだろうと判断したから私は行動に移そうとしている。
だというのにかの真田本人は少し困ったような表情すら浮かべている。
何故この男に、政宗様は固執するのだろうか。
何故。
何故この男に。
何故真田幸村に。


「俺を斬れるのであれば、好きにするがいい。丸腰の俺はどうやっても名前殿には敵わぬ。ここで命果てるのであろう」


真田はそう、自分が死ぬことを想定して言葉を発した。だというのに全く恐怖心も何も抱いていない。
そう、私には自分が斬れぬ、と言っているのだ。

不愉快だ。

言い知れぬ不快感が広がり、目の前の真田への殺意がより一層深く深くなる。
今ここで行動を起こせばどうなるのだろうか。政宗様の命を狙う輩は減るが武田の好意に甘えている伊達軍は、政宗様の立場は、小十郎様は、皆は…
ふと皆の顔が思い浮かんだ時、隙を見せてしまい真田は私を畳へと強く押さえつけ、私の上に被さるようにして手を抑えつけた。
ほんの1秒、いやそんな時間もなかったであろう。
やはり真田幸村、私の敵う相手ではないのだろうか。

視界に広がる真田の顔と、天井を睨み付けた。
真田は私のその表情を何とも思わないといった風により力を込めて私の両手を塞ぎ抑え込む。
男の力で抑え込まれてしまえば、いくら私であろうとも抵抗しても無駄だった。
ばたついて何度もこの状況から逃れようとしても真田はそれがおもしろいかのように少し笑みさえ浮かべた。


「これではまるで俺が名前殿を襲っているようではないか」

「それならば今すぐこの手を離せ」

「それはできぬ。今手を離せば名前殿は俺を斬るのであろう?」


真田はやはり、おもしろそうに口元に笑みさえ浮かべてそう言った。
ばたばたとあまり騒がしくしたくはない。政宗様がすぐ隣で眠っている。容態に響くとなると大変なことだ。
私は抵抗するのをやめて、もう一度きっと真田を睨み付けた。


「そのような顔をしては、せっかくの可愛らしい顔が勿体ない」

「笑わせるな!」

「そうだな、政宗殿との果し合いで俺が勝った暁には、名前殿を手土産にいただくとしよう」


真田はそう言ってまた余裕そうな笑みを浮かべた。
その言葉は私を挑発するには十分で、それを分かっていてこの男はのうのうとそれを口にする。
やはり生かしてはおけない。いつ政宗様の命を奪うか分からない。今この場で、この場で殺しておかなければ。

私は目一杯の力で真田を蹴り飛ばし、何とかその腕から逃れる。
真田が少し向こうの床に倒れ込んだところを狙い勢いよく刀を抜いて真田の首元を狙い切り裂こうとしたその時だった。


「はいはい、もう戯れはそのへんにしておこうね?」


ふと首元に冷たい感触と、背後からの殺気で私は完全に動きを封じられてしまう。
目の前の真田は私に蹴られた腹を痛そうにしながら起き上がると「さすが名前殿、見事であった」となど言い、今まさに殺そうとしていた相手の行動を褒めた。
計り知れぬ真田の力と、後ろから私と同等かそれ以上に殺気を放つ猿飛佐助に、私はどうすることもできなくなりその場に持っていた刀をがたん、と落とした。


「佐助、もうよい。名前殿が俺を殺す理由など山ほどあるであろう?」

「旦那ってば、もうちょい自分の身を案じてよね。本当に殺されるとどうすんの?」


2人は私をさておき、呑気に普段交わす会話のような雰囲気で話を進める。
私は猿飛佐助が首元から刃物を離したのを確認してから、政宗様のほうを振り返った。

依然、目を覚ます気配は無い。
ここでこんなにも殺気立った行動を今の今まで起こしていたというのに、政宗様は…


「そんなに竜の旦那が心配ならおとなしくしててよね?」

「…」

「旦那ー大将が呼んでたよ?早く行っといで」

「そうであったか!名前殿、また後で、今度は手合わせを願いたい」


そう真田は先程までのあの表情はどこへやら、清廉潔白な歳相応の男の表情を見せて部屋から出て行った。
そして、私と猿飛と政宗様だけが部屋に残り静寂が訪れる。
きっと先程の行動があったから猿飛は私を監視するのだろう。少なくとも、真田と顔を合わせる機会があるここに居る間は。


「まぁ、名前ちゃんの気持ち分からなくもないけどね」


猿飛はふいにそんな言葉を発した。
その意味が分からず、私は不思議に思い猿飛の顔を見た。先程までの殺気はどこへやら、部屋には穏やかな空気すら感じられる。


「だって、俺様だって竜の旦那のこと殺したくなるもん」


その言葉を聞いた瞬間、私はもう1本腰に差していた刀に手をかけた。
が、猿飛からは不思議と殺意は感じられなかった。どういうことだろうか。私は注意を払いながら政宗様を庇うようにまだ目を覚まさぬ政宗様の方へと移動する。


「安心しなって。本当に殺したりしないよ。そんなことすると旦那に怒られちゃう」

「貴様、少しでも変な動きをしてみろ。今すぐこの場で斬り捨てる」

「だーかーらー殺したいって思ったとしても殺さないってば。俺様旦那の命には素直なもんで。手出すなって言われてるんだから殺さないよ」

「…何を考えている」

「別に何にも。ただ早く竜の旦那が元気になってくれた方がうちの旦那の為にもなるし、名前ちゃんの為にもいいなぁって思ってるだけ。俺達似た者同士だよね」


似た者同士
その言葉が、妙に引っかかった。
猿飛は政宗様を殺したい、私は真田を殺したい
そうか、猿飛が政宗様を殺したいのは真田の命を狙うような奴は早い段階で手を下しておきたいということなのだろう。
私と、同じように。


「まぁでもそれを上司が望んでないなら俺達は殺したりしちゃダメなんだよ。この2人は、正々堂々と戦うのが一番なんじゃない?」

「…私もお前も、同じということか。とんだ歪んだ感情の持ち主らしい」

「大事なものほど守りたいでしょ。名前ちゃんならよーく分かると思うけど」


猿飛がふと目を細め笑ったのを見て、私も思わず笑みが零れてしまった。それは、自嘲的な笑み。
そう、これは歪んだ…愛などというものではない。ただの自分勝手な感情だ。自分の大切なものを奪われたくないから誰かの意志など無視して実行しようとする、歪んだ感情。
自分の中にこれほどまでに歪んだ感情が渦巻いているなどと、今まで思ったこともなかった。


「旦那は殺させないよ」

「それはこちらの台詞だ。政宗様の命を狙う者など、私が斬る」

「あぁ怖い。俺様殺されちゃう?」

「今この場で斬ってやろうか?」


私がにやりと笑ったのを見て、猿飛は「表情まで竜の旦那そっくりだね」と言った。
この政宗様への思いが一体何なのかは分からない。ただ私は政宗様に、生きて欲しいだけだ。生きて生きて生きて欲しいだけだ。一刻も早く目を覚まし、回復して欲しい。それだけなのだ。
私は政宗様の為に存在している。それでいい。それは私が望んでいることであり、全てなのだから。



★お礼

ふ、フリーだったんで頂いちゃいました!
うおおおお!素敵です!
まさかのアニメ沿いとは!私には到底できない(というか一生なせない)神業!とわ様流石です!
さて、内容についてですが、眠っている政宗を思うヒロインにもきゅんときましたが、余裕の幸村のSっぷりにはズカーンッと心を打たれました!M気味の私にはたまらない腹黒さでした(笑
また、佐助に「似た者同士」と言われた時には大量出血で瀕死状態になるまで鼻血を噴きました(汚っ!)。
こんな素敵な作品を有難う御座いました!
皆さんも是非690min様に遊びに参ってくださいね!


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