冬の攻防戦
 冷たい風が暖まった体温を体の外側から徐々に奪っていく。日は短く、午後六時も回れば太陽もすっかり落ちて辺りは真っ暗だった。時折通る車のヘッドライトが人気のないバス停を煩く照らす。あと三十分もすればこのバス停も、部活帰りの学生で溢れるだろう。帰宅部である私は思った。


「おい」


 音もなく、低い声が背中に跳ねた。しかしそのよく知った声に、私は振り返ることもなくゆっくりと首を回す。


「誰かと思えば」

「こんな時間に何やってんだよ」

「図書館。数Uの課題、量半端なくて」


 ナイロンで出来た鞄をばすばすと叩くと、中でプリントの束がわさわさと騒いだ。おかげで今日の荷物は少し重い。


「そりゃ災難だ」

「政宗は?いつもの"すごい自転車"はどうしたのよ」


 ごく自然な形でバスを待つ男を見上げる。そういえば、こいつは朝練だとかなんとかですごい自転車改め、原付きで通学していたはずだった(普段は裏にとめてある)。


「ぶっ壊れやがったんだよ」


 ふて腐れた表情を白い光の街灯が照らした。


「どーせまた田んぼにでも突っ込んだんでしょ」

「Shit.あのcornerはいけるはずだったんだ。おかげで今から修理出したの取りに行かなきゃなんねえ」

「みっちゃんとこ?」

「"みっちゃんとこ"だ」


 ただでさえ人相の良くない顔が更に歪んだものだから、とても愉快だった(それを政宗は"いい性格してる"と表現する)。
 みっちゃんは小学校の近くにあるバイク屋の兄ちゃんで、私は普通だとは思うが、政宗は「気持ち悪い」の一点張りだった。ああ、でも地域清掃のとき公園で鎌振り回してたときは凄かった。あのサイズの鎌はどこで手にいれたんだろう。


「で、今日はバスなんだ」

 過去に飛び始めた意識を戻しながら、彼に尋ねた。

「ああ、しかし来ねえな」

「来ねえって、まだ五分も経ってないよ」

「しかも寒い、お前いつもこんなんで帰ってんのか?」


 ポケットに手を突っ込み、肩を寒そうに寄せた政宗が尋ねた。冬だから仕方ないだろうと私言うと、まじありえねえ、と更に肩をすぼめた。まるで亀のようだ。きっと、まだ十一月だから冬の寒さには早いと言っても、彼は納得しないだろう。

 ばちぱちと鳴る蛍光灯は不規則で、通る車両の間隔も疎らだった。閑散としたバス停に私達以外の人はいない。蝙蝠が時折視界で踊るだけで、風もなく、時間が遅くなる魔法がかかっているみたいに流れは緩やかだった。


「お前寒くねえのか」


 唐突に問い掛けられた言葉。普通ならうら若き女子を気遣う台詞なんだろうが、この男の場合は違う。その目はまるで獲物を捕まる算段を立てている肉食獣のように鋭く真っ直ぐだ。


「先に言っとくけど、その手背中に突っ込んだらぶっ殺すからね」

「ケチいこと言うなよ」

「黙れ、近寄るなこの冷え症め」


 1メートルの攻防が数秒繰り広げられる。しかしバス停という狭いリングにおいて私の勝算は限りなく低く、結局のところ目の前の男に手を掴まれてしまった。


「冷たい!離せバカムネ!」

「あったけー、お前今日から名前コタツな」

「この場合はコタツではなくカイロが正しいって、そんなのはどうでもいい。は!な!せ!」


 ぐりぐりと腕を回して左手は奪還したが、右手は依然として大きな左手に包まれたままだった。


「そんなに冷てえか?」

「だから、冷たいって言ってんでしょ」


 半ばもう諦めてため息を吐いた。薄く息が白く色をつけた。確かにもう冬は来ていたようだった。
 少し考えて、政宗は左手を私の手ごと自分のポケットに突っ込んだ。身長差のせいで、私は自然と腕をげる形になる。


「これでいいだろ」

「何がいいのか説明してほしいものです」

「何だ?お前恥ずかしいのか?」

「普通に恥ずかしいわボケ」


 至極愉しそうな表情をしているであろう男の顔を極力視界に入れないようにして、私は救いのバスがやって来る方向を見た。幸い他の生徒は並んでいない。到着時刻まであと一分。加虐に溢れた笑顔を無視しながら救いの車両を待たなければならないのかと思うと、気が滅入った。


「そんな顔すんなよ、駅からは送っていってやるから」

「その代わりは、みっちゃんとこに一緒に来い?」

「That's right.流石名前は話が早い」


 道連れが出来たことに至極嬉しそうに笑い、政宗は私の手をぎゅ、と握った。
温度を全て奪い取ろうと、指と指の間に指を絡ませ、時折親指でその輪郭をな
った。まるで未知の素材を調べるように、幼子が口で飴玉を転がすように。


「政宗」

「なんだ」

「でも原チャの2ケツは危なくない?」

「任せとけ、今日ならあのcornerを曲がりきれる気がする」








(やっぱ私電車で帰るね)
(駄目だ、離さねえぞ)
ギリギリ攻防戦、終了まであと三十秒。




★お礼

あの憧れのcamioさんのサイトでフリリク企画があったので、リクエストしたら…こ、こんな素晴らしい甘い夢を…!ぎゃああー!(鼻血
有難うございます。何度読んでも鼻血が止まりません(キモ)手を繋いで離さない場面とか…半狂乱になってました(キモ!)
これからも鼻血が止まらなくなる夢を楽しみにしてます!(その言い方やめろ)更新頑張ってください!
そして、こんな私ですが、これからも宜しくお願いします!(^_^*)


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