「どこにもとどまっていたくないの」

 彼女の口癖だ。昔から束縛されるのが大嫌いで、自由奔放に生きるお転婆少女は、お騒がせ者としてちょっとした有名人だ。当然周りにはいつも反発する人がいて、協調性がないだとか、自分勝手だとか、いつまで子どもやってるんだとか、そういった類の愚痴は俺の耳にだって入ってくるほどだから、とてもじゃないが彼女を人気者とは呼びがたい。はっきり言ってしまえば、嫌われ者だ。しかし、彼女は信念を持った自由人である。その程度のことは気にもとめていなかった。きつめの嫌がらせを受けた時にはさすがに応えたらしく、こっそりと泣いていたのを知っているが、彼女は彼女の生き方を変えることなどなかった。
 俺はそんな彼女が好きだ。自分らしく生きるということの難しさを、俺は知っている。俺にとって彼女は英雄だったのだ。

 彼女はずっとバイクに憧れていた。俺との恋愛関係にありながら、バイクの免許を取った後にはバイクが恋人も同然だった。彼女は言っていた。
「私の意思で、どこへだって行ける。風になるってこういうことね」
 彼女はとても嬉しそうだった。バイクに嫉妬を覚えながらも、彼女の嬉しそうな表情が俺も嬉しかった。
 たまに二人乗りをした。誰よりも自由な彼女の運転に身を任せて、少し遠くの知らない町まで行った。

 彼女が事故に遭った。雨水でバイクがスリップして反対車線の軽自動車と衝突し、酷い怪我をした。――手足・肋骨の骨折と、失明。医者の話によれば、骨折の状態は比較的軽く、おそらく数か月もすれば完治するとのことだが、不運にも視神経に傷がつき、視力の回復は生涯難しいらしい。
 医者に匙を投げられた彼女は、ガーゼの上からでもはっきり分かるような色濃い絶望をその顔に浮かべ、泣くこともせず、ただ、ただ、無言でいた。ただ、ただ、震えていた。

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