深い青色をした空に曇る気配はない。早朝から降り注ぎっぱなしの太陽光にいいかげんうんざりして、いつもなんとなく忌々しい雲が今日は恋しいと、おそらく誰もが感じている。
 そんな真夏日に、季節外れの雪を積もらせたかのような白い肌の君だけが、太陽を煙たがらず、むしろ歓迎して、俺の隣を極々スキップに近い足取りで歩いている。涼しげで、爽やかな白いワンピースがよく似合っていた。眩しい。俺は目を細めた。白という色は太陽光を最も反射しやすい色なのだと、覚えていないくらいずっと昔に理科の授業で教わったが、はたしてそのためだろうか。
 今日の君はよく微笑む。その度に乱れる心を君に悟られないよう鎮めるには、なかなかの苦労がかかった。俺にはミステリアスでクールな存在でありたいという些細な願望がある。君は確信犯なのかもしれない。
 そんなことばかり考えていたら、何を目的に君と歩いているのかを忘れてしまった。直接君に訊こうと思ったけれど、宝石のような瞳がきらきらと楽しそうに煌めいているのを見て、一瞬、思わず口元が情けなく緩み、気持ちまで緩みきってしまいそうだったので、クールガイであり続けるためにも寡黙であることに努めた。眩しい。再び目を細めた。
 暫く歩くと、街が賑わい出した。今日はショッピングデートだったのかもしれない。君に腕をひかれるまま、ほんの少しだけ後ろを歩いていく。君と触れている部分がじんわりと熱を帯びたのは、きっと暑さのせいではないだろう。
 君が急に立ち止まった。しかも、俯いたまま無言を決め込んでいる。俺は心底焦った。いかがわしい感情を抱いた直後の出来事だったからだ。どうすればいいのか分からず、混乱して口をパクパクさせている様は滑稽に違いない。
 とりあえず「なあ」と声をかけ、地面と睨めっこをしている顔を覗き込んだら、キスをされた。俺は目を見開いた。君は楽しそうに笑いながら「喉が渇いたの」と難解なことを言った。俺は呆然とした。
 当然のことながら、君はキスでは喉を潤せず、自販機で飲み物を購入することにした。俺の分も買ってくれるらしい。俺は少し気を落ち着かせるため、少し離れた木陰に置いてあるベンチに座って待つことにした。座ってから、飲みたいものを伝えなかったことに気づいたが、君は俺のお気に入りを熟知していたようで、迷わず三ツ矢サイダーのボタンを押した。ガコン。三ツ矢サイダーの落ちる音とほぼ同時に、ほっと溜息が出た。この季節におでん缶なんかを渡されては困る…。
 かなりの人が往来していた。雑踏の中、白を纏った君はひときわ輝いて見えた。恋は盲目、とは違う。男女問わず注目を集める君の美しさは本物だ。だからこそ、隣のポジションは俺のものなんだと吹聴したくなるほど君が誇らしい。それと、眩しくて仕方ない。もう一度目を細めた。
 間もなく君は二本のジュースを持って駆けよって来た。愛しくって、今度はこちらから不意打ちのキスをしてやろうと思い立ち、ベンチから立ち上がった時だった。
 君は身体を捩って宙を舞った。ジュースが二本、変形して地面に転がっている。お気に入りの三ツ矢サイダーは穴が開き、中身が漏れてしまっている。君は――君は少し離れたところで横たわっている。寒気がした。君の変貌ぶりの凄まじさは、遠くからでも一目瞭然だった。唇をひゅるひゅると弱々しい空気が滑っていく。呼吸はどうすればうまくできるのだっけ。激しく肩を上下させながら、恐る恐る君に近寄った。
 君の身体からは鉄臭さとともに生々しく赤黒い液体がだらだらと流れ出ていて、お似合いだった白いワンピースを汚く染めてしまっていた。それよりも異様なのが、ぐにゃりと折れ曲がり骨らしきものが露わとなっている腕や、右側だけ拉げてしまった腰だ。足が竦んだ。
「なんだ、これは」
 キスされた時とは全く違う種類の大混乱が脳内で巻き起こっている。冷や汗が背中を湿らした。シャツが貼り付いて、なんだか気持ち悪い。はたしてそのためだろうか。
 君の長い睫毛が伏せている。その意味が分からない。ついさっきまで笑っていたのだ。
 すぐ近くで別の女が叫び声を上げた。それは街の雰囲気を一転させたが、なにひとつ把握することができない。どうしたのか。君は、どうしたんだ。俺は、どうすればいいんだ。
 今日は分からないことだらけだ。教えてくれ。君が答えを持っているんだろう――?
 震える手で、赤く塗り変えられた君の細い首元に触れた。脈が、ない。血の気が引いた。

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