気づいたら電車に乗っていた。雲ひとつない空の下、日本国内であることを疑問に思うほど殺風景な景色を颯爽と駆け抜けていく電車の行き先を、俺は知らない。
 ここはどこなのか。
 車内を見渡せば、いつもと変わらず、日本語で会話をする東洋系の顔をしたさまざまな年層の人たちで席が埋まっている。そのことが日本に違いないと証明するが、ついさっきまでの記憶がないのはなぜだろうか。
 うんうん唸りながらひとり頭を抱えていると、「終点、終点」という車掌のアナウンスがあり、間もなく電車が駅に到着した。この際、考えるよりも行動した方が早いと思い、電車から飛び出した。
「あれ」
 疑問を解消することができなかった。この駅にはなぜか駅名の書かれた看板が設置されていない。
 このままでは身動きがとれないので、改札近くにいるはずの駅員に尋ねようと出口に向かったが、奇しくも駅員はいなかった。きょろきょろしてみても、駅員らしき人は見当たらず、それどころか、乗ってきた電車の車掌までいつのまにかいなくなっていた。同じ電車に乗っていた乗客たちはというと、それを気にすることなく、切符も使わずに堂々と改札を通り抜けていく無法者ばかりだ。いったいなんなのだ、これは。
 なにかがおかしいので、切符を持っていないことを申しわけなく思いながらも、無法者たちに続いて改札を通り抜けた。
 なにかがおかしい。声など聞こえなかったというのに、改札を通り抜けると、そこはまるで祭が開催されているかのごとく賑わっていた。それも、規模は隅田川の花火大会の比ではない。国を挙げての祝いといっても過言ではないだろう。酒があり、豪華な料理が並んでおり、華やかな衣装を纏った美しい女性たちがおり、そこかしこに色とりどりの花が飾られており、少し離れたところでは、数えきれないほどの雑貨も置いてあった。まるで楽園だ。欲しいものは全て手に入るのではないだろうか。興奮して思わず声をあげた。
「物なら、だがな」
 なにかがおかしい。振り返った先には、部下の佐助の幼馴染みのかすががいた。一年前、不運にも交通事故で命を落とした、かすがだ。
「ここは死んだ者の集う場所だ。いわゆる天国だな。貴様も電車を乗ってきたのだろう。天国行きの電車に乗れてよかったな」
 かすがは冷徹に淡々と話す。
 かすがは嘘をつくのが下手だった。実にやっかいで巧妙な嘘をつく佐助とは対照的に、実に純粋で感情が表に出やすいたちだった。そのかすがが全く嘘をついてる素振りを見せないということは、俺は死んでいるということになるのか。それとも、これは夢か。
「今すぐ受け入れられないのは分かる。私もそうだった。だが、いずれは受け入れなければならない。これが、現実だ」
 見る限りかすががそっくりな別人ということはなさそうだ。それに、視界があまりにはっきりしているから、「現実だ」と恐ろしい宣告をするかすがは現に存在しているのだろう。これは、夢なんかじゃないのだ。
「某が、死んだ」
 かすがは黙っている。
「彼女は、彼女はいかがされた」
 かすがは俯いた。
「…彼女は貴様の直後に死んだ。ただ、貴様と同日に死を迎えていながら、さきの電車から降りてこないということは、彼女は、おそらく」
 かすがは言葉を濁した。それでも、言いたいことは分かる。こちらの世界には、同日に命を絶った者が同じ電車に乗り合わせるという法則があって、つまり、ここにいない彼女は地獄行きの電車に乗り込んだのだ。そして、いたって健全であった彼女が死んだ理由は、たぶん、俺のあとを追っての自殺だ。
 ――なにかがおかしい。なぜ彼女が地獄にいて、俺が天国にいるのか。彼女をとめてくれる人はどこにもいなかったのか。どうして俺は彼女よりも先に死んでしまったのか。彼女は今、どれだけ苦しい思いをしているのか。せめて、せめて俺が地獄へ行けたらよかったというのに、なぜこのような結果になってしまったのか。
 ぽろぽろと涙が零れた。彼女が幸せでなければ、俺が天国にいる意味はない。
「…かすが殿。某を迎えに来てくださるために、ここへ?」
「ああ」
「かたじけのうござる、かたじけのうござる…」
「今は、ゆっくり休め」


≪はよう生まれ変わってくだされ≫

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