電車を降りると、仮面に真っ白な装束を身に付けた、いかにも怪しげな雰囲気を醸す人たちが待っていた。その人たちは私の腕を乱暴に引っ張っていき、真っ白な部屋に放り投げると、無言で鍵を閉めてしまった。
 銀髪の男はいない。連衡される際に、銀髪の男とは引き剥がされてしまったため、銀髪の男がどこに行ったかは分からない。同じような部屋に同じように閉じ込められたのかもしれないが、とにかく、もう会えない気がする。
 真っ白い部屋は、ひとりで入るには広すぎる部屋だった。また、空を見渡す窓はなく、電気もないが、まるで蛍光灯が照らすような明るさがあった。もっとも、家具も何もない部屋では、明るさは虚しさを際立たせるだけなので、必要性を感じない。
 この部屋に唯一存在するとすれば、両脇に、鉄格子かなにかで出入り不可にしてあるガラスのない窓がある。その窓を覗くと、人がいた。眼帯をした、これまた変わった風体の男である。しかし、今は躊躇っている場合ではない。
「すいません。なんですか、此処」
 私に気付いた男が近付いてきた。
「あんた新参者か。地獄だよ。拍子抜けだろ、こんなのが地獄だなんて笑えるだろ。初めは俺もそうだった」
 男は苦しげに笑う。
「だが、本物の地獄だ。此処らの部屋はどこも真っ白でな、そんな部屋で毎日何も起こらない暮らしを続けんだよ。そいつは、無茶に他ならねえ。人間にそんな暮らしは続けられねえ。みんな気が狂っちまう。だが、俺たちは既に死んでて、もう一度死ぬことはねえ。扉が開くこともねえ。永遠に逃げられねえんだ。殺すこともだ」
 突如男は私の首を締めた。驚いて男の顔を見ると、瞳はガタガタと揺れて焦点が合わないようだし、呼吸は乱れ、酷く汗をかき、誰が見ても正気とは言いがたい様子であった。私は怖くなってじたばたともがくが、握り潰さんばかりに力が込められた手はそうそう離してくれそうにない。殺される、と思ったのとほぼ同時に、男の言ったことは真実であったことを知った。全然苦しくないし、痛くもないのだ。
 もがくのをやめると男は手を離した。
「死なねえ、死なねえんだ!傷付けたって傷は瞬時に治る。心だけが腐ってく。俺はもう死にてえ!」
 男は感情を抑えられなくなったのか、壁を殴り付け、頭を掻き毟り、ガタガタと揺れる瞳で私をぎっと睨み付けると、少しの間をおいて、また苦しげに笑った。
「なあ、なんでこの窓付いてるか知ってるか」
 恐る恐るかぶりを振った。
「早く壊すためだよ。こうやって狂ってる奴の様子を頭に叩き込ませて、早く絶望させるためだよ。向こう側見たか?俺よりひでえよ。何か喋ってると思ったら必ず許さないとか殺すとかそういうこと言って泣いてんだよ。あいつはもうダメだ。俺もいつかああなる。あんたもだ」
 男は最後に消え入りそうな声で「此処は地獄だ」と呟くと、窓から離れ、倒れるようにして部屋の隅に座り込んだ。
 私はぞっとし、慌てて反対側の窓を覗いたが、男の言うとおり、状況はさらに悲惨であった。銀髪の、電車で会ったのとは別の男が、部屋の真ん中に横たわり、涎を垂らしながら誰かの名前を恨めしそうに連呼している。その有り様は明らかに尋常ではない。
 窓を覗くのはやめ、ドアノブに手を掛けた。
「出して!もう自殺なんてしないから!嫌だ!嫌だ!出して!」
 扉が開くことはない。外からの反応もない。振り返った其処にあるのは、白と恐怖と誰かの呻き声だけ。
 地獄に来てしまった。地獄に来てしまった。私は、本当に地獄に来てしまったのだ。


≪もう一度生きたい≫

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