「女しか好きになれない!?」
 蘭丸様が仰天の面相で声を上げた。
「はい。今まで私が愛した方々は全て女性でした。現在は濃姫様に心を奪われております」
「え、の、ええっ!?」
 蘭丸様はのけ反った。当然の反応だ。女である私が、女であり既婚の、しかも信長様の本妻の濃姫様を好きになるなど酔狂にもほどがある、というのが世間の認識だ。しかし私の思うところ、好きという気持ちに大差はない。女が男に、男が女に一目惚れするように、私は女に一目惚れをしたにすぎない。ただし、理解を得られたためしはない。
「い、いつから?」
「美濃攻略の時にございます」
「美濃ってことは、えっと、三か月前か…」
 蘭丸様は深呼吸をした。それにより多少は心が落ち着いたのか、無理に笑いながらも強めの口調で言った。
「長いようで短い時間だな」
「と、おっしゃいますと?」
「蘭丸が付け入る隙はまだあるかもってことだよ。蘭丸はまだ諦めてないからな!」
 先刻、珍しく蘭丸様からの呼び出しがあって、軍事に関することかと思い気を引き締めて部屋を訪ねてみれば、なんの前振りもなしに「蘭丸と結婚しろ」と言われ呆気にとられた。とはいえ、上司の命令は絶対であるし、信長様の腹心ともいうべき存在の蘭丸様に私のような変わり者を気に入ってもらえたのは幸運なことではあるとは思うので、私としては断る理由はないのだが、蘭丸様を愛せないであろうことを隠し、蘭丸様を欺くような形で夫婦ごっこを続けるというのはさすがに気が引けたので、私のことを赤裸々に話した次第である。それでも、蘭丸様は諦めないという。
「蘭丸様、さようなことでは蘭丸様がおつらい思いをなさるのみにございます。どうか他の者を娶ってくださいませ」
「名前は蘭丸に本当のことを話してくれたのに、蘭丸には名前が好きって気持ちに嘘をつけって言うのか?」
「う、ですが…」
「無理に結婚はしなくていいよ。でもさ、そばにいるくらいならいいだろ?」
 蘭丸様は真剣な面持ちで私を見据える。戦の時でさえあどけなく振舞う少年が、今は少しだけ大人びて見えて、こんな表情もするのかと小さく驚いた。蘭丸様は本気で想ってくれているのだ。嬉しい反面愛せないことが申しわけなくて、なんとか愛せないものかと試行錯誤してみるものの、やはり私はどうしようもなく濃姫様に惚れていて、こんな報われない恋愛に蘭丸様を付き合わせたくない。されども、人の心とはそう単純ではないらしい。
「…はい、蘭丸様は私の大切な上司にございますから…」
「そういうんじゃないんだけどなあ。ま、いいや。いつか絶対に惚れさせてやるからな!」
 そう勇んで跳ねるように立ち上がると、「とりあえずこれ」と言って手を差し伸べてきた。なにかと見れば、手の平の上には小花のような色鮮やかな粒が三粒乗っている。
「これ、金平糖っていう砂糖菓子。この前軍功をあげたご褒美に信長様から貰ったんだ。名前は食べたことないだろ?特別に全部やるよ」
「よろしいのですか?」
「うん。食べて」
 蘭丸様からコンペイトウなるものを受け取って、一粒口の中に放り込んだ。舌でころころ転がせば、今まで味わったことのないような甘い香りがふわっと広がって、まるで口内に春が訪れたかのような、そんな感覚になった。蘭丸様が病みつきになるのも分かる気がする。思わず顔が綻んだ。
「とても美味しゅうございます」
「よかったー!」
 くしゃっと無垢に笑う蘭丸様はきらきらしていて、陽だまりのようだと思った。ぽかぽかと温かい心は母性なのかもしれないが、いつか、いつの日か、叶わぬ恋に嘆く日々も終わりを迎えるのだろう。そんな気がした。


≪もうすぐ芽が出て花が咲く≫

後書き…
めずらしくほのぼのっぽいものを。蘭丸にドロドロのシリアスなんて似合いませんからね!

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