第七話 レール
 私は一年生の頃に半年ほどだけバドミントン部に所属していた。バドミントン部は部員数が少なく、私を含めて五人しかいなかったのだが、私以外の四人とは悉く馬が合わず半年で完璧なはぐれ者になってしまい、居心地の悪さのため早々に退部した。しかし、中学では三年間懸命に取り組んでエースポジションを得るまでに至った部活だった。私はスポーツの中でもバドミントンが好きだったのだ。それでも、あっさり捨てた。
 気がつけば夢中になることをやめていた。何事にも無関心になっていた。そしたら、自分が本当に望むものはなんなのか分からなくなって、常にもの足りなさを感じるようになった。どうにかしてもの足りない部分を埋めたかった。埋めたかったはずだ。

 昨日の長曾我部の提案を受けて、放課後の体育館に来た。扉越しにボールをつく音が聞こえるということは、すでに部活が始まっているのだろう。部活の真っ只中に正面の扉から入り恬然と「三年ですが見学に来ました」と言えるほど肝は据わっていないので、扉のすぐ隣にある階段を上って二階からこっそりと眺めることにした。二階は外の部活が雨天時に使うためのスペースとなっていて、他には利用されておらず、晴天時にはがらんどうとなる。雲さえ見られないほどよく晴れた今日は絶好の観客席となるだろう。
 上から覗くと、手前で男バス、奥で女バスが練習していた。どうやら男バスの部員数が増えたというのは本当だったらしい。フットワークの練習をするのに、右のバスケット下と左のバスケット下で分かれてコート入りしているが、それでも順番待ちの列ができている。田舎の目立たない部活のわりには多すぎるくらいなのだが、存外長曾我部の部長姿は様になっていた。これだけの人数で、それをまとめる長が不良となれば、いくつかの派閥ができてもおかしくないように思えるのだが、きちんとした部活として統制がとれていて、それは誰の目から見ても長曾我部の指揮があってこそのものだった。
 しばらくすると、試合形式の練習が始まった。もちろん部長である長曾我部はレギュラーだ。五人ずつに分かれたチームが互いに礼をして、試合開始の合図となる。ジャンプボールを行うのは、顔も名前も知らない二人だった。長曾我部も長身だが、彼らは長曾我部よりも背丈が高いということになるのだろう。さすがと言うべきか、バスケ部には長身が集まっているようだ。
 ふと、自分がマネージャーになった場合のことを想像してみた。私はどちらかというと背が低い方で、あの中にひとりでいるとなると、身長差だけで圧迫感を感じてしまうかもしれない。いや、身長だけではない。結構体格がよくて、熱気あるむさい男たちだ。マネージャーとして働く私はまるでちょろちょろ動き回る鼠のようで、そんな環境に息苦しさを覚えるかもしれない。

 ガンッ――となにかが壊れるような音がして、泳いでいた視線を急いでコートに戻した。長曾我部がリングにぶらさがっている。その下をボールがバウンドしている。女バスの部員が溜め息をつく。男バスの部員が半分呆れた様子で首を傾ける。なにかが壊れた形跡もなければ、誰かが怪我をした形跡もない。一瞬硬直したかのように見えた試合も束の間、すぐにまた動き出した。誰もが動き出した中、私だけが止まっていた。
 息を飲む。長曾我部を凝視する。身震いした。
「なにあれ…」
 長曾我部のテクニックは高校生のレベルを超越していた。大人でも難しいダンクシュートを軽々と決めた。確信した。長曾我部はやはり普通じゃない。それも特別で、それはおそらくバスケだけではない。私の知らない道を歩み続ける人なのだ。
 怖いと思った。すぐ傍でひたすら霞んでいくしかない自分が惨めで虚しかった。嫉妬で真っ黒になって、できる限り不幸を振り撒いて、その甲斐もなく、いつしかなにもなかったかのようにひっそりと消えてしまう予感がした。逃げ出したい衝動に駆られて、階段を駆け下りた。
 だけど、捕まった。いつのまにか体育館の扉が開いていて、いつのまにか試合を抜けていた長曾我部に見つかってしまった。半べそだ。
「わ、悪いけどやっぱりマネにはならないから!離して!」
「大丈夫だから」
 えっと思い顔を上げる。逆光で長曾我部の表情はよく見えないが、笑っているのが分かった。なぜだか、少しつらそうに。それが、なんだかとても…。
「大丈夫、きっと楽しい。大丈夫」
 とびっきり優しい声だった。不思議と信憑性があった。まるで魔法みたいに私の心に溶け込んでいった。
 長曾我部は、有象無象の集まりの中で僅かに光る『特別』であっても、ひょっとしたらレールを引いていってくれるかもしれない。平凡な私が後ろを辿って行けるように。決まりきった道を歩いて行かぬように。もの足りない部分を埋められるように。思ったのは、ほんの少しだけども。
 長曾我部が突如として後ろを振り返り、「集合!」と号令をかけた。すると、まるでそういうアトラクションであるかのように部員たちは一斉に私たちを取り囲んだ。あまりに唐突の出来事に狼狽していると、長曾我部はにっとして言った。
「こいつ、新しいマネだから。名前は苗字名前。こう見えて3年でな、若干無理言って引き受けてもらったから、あんまいじめんじゃねーぞ」
「な、なに言って…」
「女マネえええええええー!!」
「待ってましたああああー!!」
「さすがアニキいいいいー!!」
「アニキありがとおおおー!!」
「神様ありがとおおおおー!!」
「え」
 抗議をする間もなく、私を囲む部員たちが各々で叫び始めた。想像以上のテンションの高さに気圧されて、ひとりまた凍りつく。されるがまま握手を繰り返し、頼んでもいない自己紹介は右から左に流し、どうでもいい質問は無視して、どこを見るともなく、ただぼうっと宙を眺めていた。
 少しして我に返り、長曾我部のTシャツを引っ張る。
「あのー、これはどういう?」
「こういうのもあり、だろ?」
 長曾我部はまたにっとする。
「ちょっと楽しいだろ?」
 かっと頬が熱くなった。ああそうかと思った。呆れた。

 気がつけば長曾我部に夢中だった。


≪こりゃ参った≫

後書き…
実は体育館のフロア(一階)からは結構二階も見えます。部活してたとしても視界の端辺りに見えます。元親も見えてたんですねー(笑
元気な部員たちは言わずもがなアニキ親衛隊です(笑

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