「ハッ、ハッ、」

上がる息、流れる汗、破裂間際の心臓、乱れる髪を鬱陶しく思っても払う余裕すらなくただ山道を走った。

「詩織!」

開いてきた距離に前を走る的場が焦った声を上げ差し伸べようとした手は、彼女の背後に迫るものに気づいて矢を放つ。
とんっと軽い音を立てて確かに刺さったはずの矢は刹那の後に焼け落ちた。

「ーーーーーーー」

形容し難い声を上げた不気味な妖。 多眼で五体不満足。
化け物と呼ぶに相応しい姿形のそれは知能が低いのか、立ち並ぶ木々に正面からぶつかるがそれをなぎ倒して襲い来る。
通った後には荒れ果てた地や生命、踏み倒された小さな妖が転がった。 的場の矢も焼き切る強さに"絶望"の二文字が浮かぶ。
こんな、こんなレベルの妖、この辺りにいるはずない。
もしいたのなら、少なくとも朧は察知出来たはずだ。

あれは突如として現れた。
本当に唐突に、目的の妖を封じ、ひと段落だと一息吐いた所に現れたのだ。
集まっていた的場一門の面々ともバラバラにされ、いつから詩織と的場だけが標的とされているのかもよく思い出せない。
このままじゃ、このままじゃ、!

「応え、闇斬る祓いのーー!」

体力の限界と逃げ切る事の不可能さを悟った詩織が札を構えた。祓う力は持ってない、けど、せめて的場に祓う隙さえ作れれば。しかしその文を唱え終えるより先、体が呼吸を忘れた。
次いで来る筆舌し得ない痛みに、ようやく自分は攻撃されたのだと理解する。
衝撃で浮かぶ華奢な身体。
世界がブレる。チカチカと明暗を繰り返す。
遠くで誰かの叫ぶ声を聞いた。

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