「なんて顔してるんですか」
そう言われて気づく。 ハッキリ見えていたはずの彼の顔が滲んでいる。 いつの間にか、的場よりも詩織の方が泣きそうになっていた。
悲しげな顔を困ったような、それでいて愛おしむような表情へ変える。
詩織は彼のそれが、他の誰でもない、自分にだけ向けられるものだと知っている。
今までその表情にどれだけ惹かれてきた事か。

どれだけ、彼を好いていた事か。

でもそれはもう伝えてはならない、悟られてはならない。 溢れそうになる涙を溢すまいと目に力を入れ、壊れ物のように触れてくる手を払った。

「触るな。的場が何を言おうが私は許婚ではないし、好くこともない」
「嘘はいけない」
「嘘、じゃない」

好くこともない。なんて、「嫌い」と口に出来なかった己の弱さをひた隠すために拳を握った。

「こんな安物、今でも大切にしているのに?」
「ッ!」

安物だと言われた犬面。 幼い頃、的場にもらった大切な物。値段なんて関係無かった。ただその時彼からの初めての贈り物が嬉しくて、形に残った思い出を、捨てることが出来なくて、許婚解消後もズルズルと使い続けていた。

「返して!」

これが嘘の証拠だと持ち上げられた面を、腕を伸ばして取り返そうと飛び跳ねた。
だがもともとの身長差に加え、もう少しで届く所でひょいっと遠ざけられた面に指は掠ることなく空を切る。
勢い余って奇しくも自ら的場の胸に飛び込む形となってしまい、それに気付いた瞬間慌てふためき急いで離れた詩織の顔は暗がりで見ても分かるほど真っ赤だった。 心臓が耳元にあるのではないかと思うほどに煩い。
そんな顔を隠すように面が降りてくる。

「ほら、嘘つきだ」

全部顔に出てますよ?と、 可笑しそうに指摘する的場は、反論の道を塞がれた詩織に背を向けた。

「私はそろそろ失礼します。ではまた」
「っもう会わない!!」

遠ざかる背に、寂しいと思った気持ちも
そんな言葉で掻き消した。


忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで


溢れた想い
やはり心は隠し通せない

それでも私は
自分の心に嘘を吐く

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