トンッと顔の横には的場の手。
背中はぴたりと壁にくっ付いており、目の前には言わずもがな、的場が佇む。祭りの音が遠くに聞こえた。
被っていた面はじりじりと此処へ追い詰められている間にいつの間にやら没収されており、 いわゆる流行りの壁ドンという状況へ追いやられた詩織に斜め上から降ってくる視線から逃れる術はない。
退路無き状況は恐怖しかない。 誰だ壁ドンは乙女の夢とか言った奴は?
(あっ、アサヒか)

「考え事ですか?」
「ヒッ!!」

縮められた距離。細められた目に肩が震えた。

「さて、いろいろ言いたいことは山積みですが…。まず、最近どうです?」
「へ!?い、いや別に変わったことはないが…」

こんな状況でいいなり世間話を始める的場に戸惑う。

「そうですか。風邪も流行っていると聞いたので」
「ああ…祭りの準備もあったから倒れるヒマもないし…私はいたって健康体だ」
「そうですか。では先日の会合欠席は仮病、ということで間違いありませんね?」
「ハッ!!」

しまった!と咄嗟に口を押さえるが時すでに遅し。口から出た言葉は取り消せない。

「それで?理由を聞きましょうか」

笑みを浮かべた的場だが目は笑っていない。

「欠席だけならいざ知らず。お姉さんを寄越すとは……随分と姉思いですね?」
「やっその、姉さんが泣いてた……原因は、的場だろう?仲直りすればいいと思ったんだ」
ごにょごにょ…。 下を向いて的場と目を合わせないようにしながら言葉を紡ぐ。 姉と的場の関係が良好とは言い難いものだとは知っている。だが許婚という立場に囚われず姉が的場を好いていることも知っている詩織は、確かに、仲直りすればいいと思ったのだ、が。

「良かったんですか?」
「え?」
「本当に、私がお姉さんと仲直りしても」
「あ、当たり前だ…っ!」

的場の言葉に咄嗟に詩織が下げていた目線を上げると思った以上に近くにあった彼の顔。 飲み込まれてしまいそうな瞳に息を飲んだ。
的場は繰り返す。

「本当に?」
「ほん、とうに、だ」
詩織は完全に気圧されている。 ザワザワと風が木々を揺らす音、草むらで虫の歩く音すら聞こえ来そうなほど痛い沈黙。
互いが互いの目から反らせない。
今宵は祭り。九十九神社に住まう妖も皆そちらへ興味を示し、時には混ざり、そんな喧騒から離れた此処にいる二人に気付くものはいない。
やがてふっと先に力を抜いたのは的場だった。 そして呟く。

「冷たいですね。許婚だというのに」

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