Halloween Game



「っていうわけで〜、みんなでハロウィンパーティーしようよ〜!」
 それは、そんな唐突で脈絡もない言葉から始まった。


「ハロウィン?」
「あれ? 初音ちゃん、知らないの?」
「妖怪の文化にはないだろ。っていうか、そもそも、俺らもどっちかと言えば、関わったらおかしい行事だけどな」
「まぁまぁ、固いこと言いっこなし!」
 初音の質問はどこへやら、いつものように、つっけんどんなリュートと、全く引かないアルシオーネの言葉の応酬が続く。
――これが始めると長いからなぁ……。
 相も変わらずの二人を尻目に、初音は携帯を操作し、情報を検索する。
 初音が人間界に降りてきたのは、ほんの数ヶ月前のこと。それまでは、ずっと、人間界とは隔絶された、妖怪の暮らす世界、妖街で生活してきたのだ。そこにどれほどの差があるのかと言われれば、妖怪しかいない世界か、人間も妖怪も共存している世界化の違いかだけで、ほとんど変わらないと思っていたが。
――パーティーって言うくらいだから、楽しい行事なのかな?
 そんなことを思いながら、行きついた先のサイトの説明を読み、何となくだが理解する。
「えっと、日本で言うところの、お盆みたいなものなんですか?」
「……まぁ、そうだな」
「あっ、リュートが説明投げた〜」
 どこかめんどくさそうに返事をしたリュートに、早速絡みに行くアルシオーネだが、言った直後に、リュートに丸めた新聞紙で殴られていた。
「てめェ、ほんっと、何しに来たんだよ!?」
「だから、ハロウィンパーティー……」
「とか何とか言って、妙なもん売りつけに来たんじゃねェだろうな?」
 言いながら、リュートは、粗人種(グロッサー)浄化用の銃をまっすぐアルシオーネに向ける。だが、アルシオーネもアルシオーネで、長年の付き合いで、こういう状況に慣れているからか、降参とばかりに手を上げながらも笑っていた。
「ほんと、リュートって気が短いよね?」
「誰のせいだ、誰の!」
 怒鳴られても、当の本人は涼しい顔。むしろ、この状況を楽しんでいるかのように見えた。
――本当に、仲がいいんだか悪いんだか……。
 確か、リュートがもう何百年と粗人種を退治する鎮守者(リプレッシャー)を続けてきたように、アルシオーネもまた、ずっと商人として、鎮守者相手に商売をしていたらしく、その頃からの付き合いだというが。
――私が生まれる、ずっと前だもんね。
 ヴァンパイア一族であるリュートと、ラミア一族であるアルシオーネ。妖怪の中でも長命だと言われる妖狐一族でも、また十六年そこそこの初音からすれば、この二人は人生の大先輩のも当たる、のだが。
――尊敬する要素が、ほとんど見つからない……。
 このやりとりを見ていると、特に。
「ほら、見てよ、リュート! ジャック・オ・ランタン! 今日の新商品!」
「アホか! 鎮守者に持ってくる商品じゃねェだろうが!! 第一、ハロウィンなんぞやらねェって言ってんだろ!」
「でもさぁ、初音ちゃんにとっては、初めてのハロウィンだよ?」
「…………」
 アルシオーネの言葉に、一瞬リュートが言葉を詰まらせる。その隙をついて、アルシオーネは一足飛びに初音に近づくと、目と鼻のように皮をくり抜いたかぼちゃを、ずいっと突き出して見せた。
「ハロウィンはね、子供達が、近所の家を歩き回って、お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ〜って言う行事なんだよ。子供達は、魔女や狼男、いろんな魔族の仮装をしてね」
「もはや、こっちの世界に順応してる魔族は、仮装なんかせずに参加してるけどな」
「順応性高いって大事だよね〜」
「お前はもうちょっと空気を読む訓練してこい」
 もはや、会話が成り立っているのか否か。
 だが、これもいつものこと、とようやく慣れた初音には、軽く聞き流せるくらいの余裕はできていた。
――始めの頃は翻弄されっぱなしだったけど。
 とにかく、いつ会ってもテンションの高いアルシオーネに、なかなか慣れることができなかった。一緒に生活していたのが、普段から口数も多くなく、やけにリアリストで皮肉屋なリュートだった、というのもあるかもしれないが。
「ささ、初音ちゃんも、遠慮しないで。君は仮装しなくても十分可愛いもんね?」
「そ、それは関係ないんじゃ……」
 戸惑う初音に構わず、アルシオーネはぐいぐいと体を押しやり、やがて、リュートの隣まで引っ張ってきた。
「ほらほら、今のリュートならお菓子なんて持ってないだろうし、普段のお返しをする絶好のチャンスだよ!」
「おいこら、聞こえてるぞ」
「え、えぇと……」
「ほら、トリックオアトリート、だよ?」
 リュートに睨まれ、アルシオーネには急かされ、初音の頭は半ばパニック状態。
「あ、あの、ト、トリックオアトリート……?」
 訳がわからないまま、とりあえず言われた言葉を口にする。
 すると、渋面を作っていたリュートだったが、おもむろに机の引き出しを開けると、そこから何かを取り出し、手渡してきた。
「ほらよ」
「え……?」
 一瞬何が起こったかわからず、恐る恐る手の中を見てみると、そこに落とされたのは黒糖の飴で。
「適度な糖分は、思考を続ける上で必要だからな。つっても、さすがに黒糖は甘すぎたから、お前に全部やるよ、初音」
「あ、ありがとうございます……」
 全部、と言っても、初音の掌にある飴は五つほどなのだが。
――何か、久し振りに日本っぽいものだ。嬉しい……。
 しかも、それを、あのリュートがくれたとなると、余計に嬉しくて。
「あの、リューさ……」
「まぁ、それ食って、せいぜい、情報収集に励めよ? 鎮守者たるもの、こんなお遊びに構ってるほど、暇じゃねェからな」
 お礼を言いかけた初音の言葉が、そこで止まる。にやりと不敵に笑うリュートは、普段のままだ。
「ねぇ、リュート! 俺には? 俺には?」
「やかましい! お前はガキか! あと喚くな、鬱陶しいから」
 加えて、この発言である。一気に、お礼を言う気持ちなど冷めた。
――それは、何ですか。私が、子供だと、言いたいってことですか。そりゃあ、リューさんから見たらそうかもしれないけど……っ!
「アルさん、これ、あげます」
「え……? 初音ちゃん?」
 急に、初音が今もらったばかりの飴を差し出してきたからか、アルシオーネは驚いたように問いかけてくる。
 だが、それを半ば無視して、初音はリュートに真っ直ぐ向き直った。
「今から情報収集すればいいんですね! 晩ご飯はいらないんですね!?」
「誰がいらないなんて言ったよ。両立させろ、両立」
――ああ言えばこう言う……ッ!
 そう叫んでやりたかったが、鎮守者として鍛えてもらうための条件が、家事全般をすることであり、それが、修行の一環にもなると言われたからで。加えて、鎮守者になりたいと志願したのは自分自身だ。
「わかりました! 全部こなしてきますから!」
「あぁ、期待してるぜ、相棒」
「ッ……!」
 今度は、皮肉っぽい笑みで言われ、初音は、勢いのまま、事務所として使っている部屋を飛び出す。
 言い負かされてばかりで、こんなにも悔しいはずなのに。
――相棒なんて、思ってないくせに……!
 そんなこと、わかりきっているのに、心のどこかに、嬉しいと思ってしまう自分がいて。
「……リューさんのバカ」
 そう、小さく呟くと、一つだけ残しておいた黒糖の飴を口に放りこみ、初音は自室に向かって走り出した。


「で、結局、あれでハロウィンパーティーになったんですか?」
「俺としては全然物足りないんだけど、まぁ、リュートの珍しい顔が見られたから、いっかな、って」
「つーか、お前はさっさと帰れ!」
 夕食時、まだいたアルシオーネのおかげで、比較的静かな時間が大騒ぎになり、ある意味パーティーのような盛り上がりを見せたのだった。



〔2012.10.21 Song by Janne Da Arc 『GUNS』〕





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