もしもという言葉が存在するならば



 仮定なんて意味がない。
 そんなことは、わかっている。
 それでも、もし、もしも、お前がここにいたら。
 こんな風になった俺を、笑うだろうか。
 それとも、怒るだろうか。


――もしもという言葉が存在するならば――


 何のことはない昼下がり。
 唐突に鳴り響く、1本の電話。
「もしもし…」
“あ、リュート、俺だけど! あのさぁ、今、すっげぇいい薬が手に入ったんだよね。良かったら今からそっち行っていい? 初音ちゃんにも会いたいし”
「来んでいい!!」
 電話口から聞こえた不愉快な声を消し去るように、勢い良く怒鳴って受話器を置く。
 すると、コーヒーを持って部屋に入ってきた少女が、苦笑しながら俺に言う。
「リューさん、またアルさんのこと、無下に扱って…」
「あのバカは言っても治らんからな。仕入れ屋なら仕入れ屋らしく、必要なもんの情報を流せってんだ」
 俺が思わず悪態をついても、それはいつものこと。こいつは、それでも、仲良くしろ、と言うんだろうが。
 それにしても、
「なぁ、初音」
「はい? 何ですか?」
「お前、ちっとは訓練してるんだろうな? いくら月華(げっか)の娘でも、慢心は自滅に繋がるぞ」
「わ、わかってますよ!」
 俺の言葉に、まだ16そこそこの初音は、ちょっと拗ねたように返してきた。
 これが、あの、日本でも高い魔力を有することで有名な狐の神である空狐(くうこ)、月華の娘とは、今でも信じられんが。
 神崎初音。そもそも、母親のように、稲荷神社を守護する巫女になりたくて人間界に降りてきた奴が、何で、鎮守者(リプレッシャー)に転身しようと思ったんだか。
 確かに、たまたま粗人種(グロッサー)からこいつを助けた経緯はあるが、それにしたって、俺の仕事を手伝いたい、と、なぜ思える。
「お前さ、鎮守者になって、何がしたい?」
「え…?」
 俺が唐突に言ったからか、初音は、驚いた顔で聞き返してきた。
 俺達魔族――初音達、日本人に言わせれば妖怪だが――は、ヒトとして、この世界に生きている。ただ、粗人種は違う。昔話のように人間を襲い喰らう。そいつらを退治する役目にある鎮守者を、俺は、もう、何百年とやってきた。
 ヴァンパイア族である俺にとって、ずっと繰り返されてきたそんな毎日は、もはや習慣のようで、生業。
 だが、こいつは違う。
 俺は、俺の目的を果たすため、鎮守者を続けている。だったら、初音の理由は、何なんだ?
「私は…」
 そこまで考えた時、不意に、初音が口を開いた。
 まるで、言葉を選んでいるような間。
 その後、初音は笑顔を俺に向けた。
「まぁ、リューさんは、何かにつけて現実しか見るな、なんて言うし、リアリストすぎるというか、しかも皮肉屋だし、一緒にいて疲れる時もありますけど」
「おい…」
「でも、私自身、鎮守者と言う仕事が好きで、リューさんなら、信頼できるかな、って思うんです」
「ッ…!」
 初音の言葉に、一瞬、記憶がフラッシュバックする。
『私が、鎮守者と言う仕事がすきだから。それに、リュートと2人なら、最強のコンビになれると思うんだよね!』
「リューさん?」
 我に還れば、そこには、心配そうに俺を覗き込む初音の姿が見えて。
「あぁ、悪い。大丈夫だ」
「そうですか? じゃあ、私、買い出しに行ってきますね」
「途中でヘマして粗人種にやられるなよ」
「負けません!」
 べーっと舌を出して部屋を出ていく初音の姿に、思わず苦笑する。ったく、ガキか、あいつは。
 でも、
「あの瞳も、言葉も、お前にそっくりすぎるんだ。生まれ変わり、なんて信じちゃいないけど、お前が引き合わせてくれたのか? エミリア」
 今は亡き、昔のパートナーの名前を思わず呼んでしまいながら、自嘲した。
 俺らしくない。
 それでも、初音は初音で頑張ってるってのは、多少は認めてやらないでもないから。
 もうちょっとだけ、付き合ってやるか。
 そんなことを思いながら、俺は、初音の持ってきたコーヒーを飲み干した。


 仮定の話など、するだけ無駄だ。
 死んだ人間は生き還らないし、二度と、同じ形でまみえることなどありえない。
 それでも、もし、あいつがお前の生まれ変わりだというのなら。
 いや、そうでなかったとしても。
 俺は、もう少しだけ見守ることにするよ。
 あの、俺には眩しすぎる笑顔を。


〔2012.04.01 Song by Janne Da Arc 『ヴァンパイア』〕





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