case アウトレイジャー 3



 パーティが終わってすぐ、斉木は約束どおり、紗英の前に現れた。そして、見せたい物がある場所へと、彼女を案内していく。
「どこに向かっているんですか?」
 同じビルのエレベーターの中で、紗英は疑問に思っていたことを口にする。すると、斉木は、眼下に広がる宝石のような夜景を指差して言った。
「このような美しい光景をいつでも見られる場所へ。きっと、気に入っていただけると思いますよ」
 斉木が言い終わるが早いか、エレベーターが20階に到着する。最上階のここにあるのは、社長室だ。
 エレベーターを降り、赤いじゅうたんの上を歩いていく。斉木の後を追いながら、紗英は周囲を見回した。
 それに気付くと、斉木は苦笑する。
「貴女のおじい様のビルに比べれば、大したことなどないですよ」
「そんなことありませんよ。私はただ、斉木さんが自らデザインなさった部屋がどんなところか、興味があったものですから」
 言って、笑ってみせると、斉木はそうですかと頷いてくる。その後ろで、密かに紗英が顔をしかめていたが、彼はまったく気付かない。
 そのまま、2人は社長室に辿り着いた。今まで無人だったために蛍光灯はついていないが、斉木はドアのすぐ近くにあるスイッチをいれずに、奥の方まで歩いていく。
「斉木さん?」
 紗英が問いかけると、彼は明るく笑ってみせた。
「貴女に見せたかったものというのは、これのことです」
 言うが早いか、彼は部屋の奥の方にある何かを操作する。すると、紗英は感嘆の声を漏らした。
「すごい。綺麗…」
 部屋の中には、無数の蛍火が浮かんでいた。様々な色の光を放ち、まるで宝石のようなそれらは、自らの意思で浮かんでいるかのように見える。
「今は宇宙旅行も出来る時代ですが、こうやって自分の部屋に小宇宙を作って楽しむことも出来る。まぁ、暇な社長の道楽ですよ」
 紗英のすぐ隣に立って、肩に手をおきながら、斉木。彼女は、それには不快な顔1つ見せず、真剣な表情で蛍火を見据えた。
「どういう原理なんですか?」
 聞いてみると、斉木は不敵な笑みを見せ、どこが自慢げに語り始めた。
「明るくすれば解りますが、ただ浮遊装置をつけて飛ばしているだけですよ。でも、特殊なコーティングがされていて、どんな検査機にかけても、これはただの照明器具として認識される仕組みです。たとえ、中に何が入っていたとしても、ね。もちろん、落ちたぐらいじゃ壊れない」
「じゃあ撃ってみようか?」
     ガシャン!
 少年とも少女ともつかない声が聞こえた直後、何かが割れる音が響く。
 次の瞬間には灯りがついて、割れたのが今説明されていた照明器具だということが解る。中からは、無数の宝石が出てきていた。
「お前は…ッ!」
 当然の侵入者に怒鳴ろうとするが、それよりも早く銃をこちらに突きつけられ、斉木は思わず口ごもってしまう。
 目の前にいる人物が向けている銃――LPM7を見れば、聞かずともこの人物の正体は解っていた。
「警視庁の刑事だよ。斉木保、お前を窃盗罪で逮捕する」
 銃を向けたまま、その人物はこちらに歩み寄ってくる。だが、斉木は余裕の表情で笑った。
「何を証拠に?根拠もない言いがかりをつけると…」
「あるから来たんじゃないか。お前の仲間が白状してる。それから、捕まった奴らが持ってた宝石から、お前の指紋が出てるんだ。しかも、盗まれたその日に、店に来たやつからね。これでも、言い逃れできる?」
 言われ、斉木はわずかに歯噛みする。どうやら何も言い返せないようだ。
「観念しなよ。もう、逃げ場はないはずだ」
 LPM7を構え、静かな口調で告げる人物に対し、斉木は、不意に先刻までの表情を消し、笑ってみせた。
「それはどうかな?」
 言うが早いか、斉木は紗英を人質に取り、驚くべき反応速度で動くと、一気に距離を離す。
 紗英の首もとには、鋭く尖った爪がつきたてられている。あと数センチで刺さりそうな位置だ。
「確か、鷲のバスタード、だったね?」
「あぁ。悪いが、このまま逃げさせてもらうよ。君には空は飛べまい?」
 目の前の人物の軽口のような言葉に、斉木も似たような口調で応じる。
 バスタードとは、動物遺伝子により、動物の持つ特殊な力を発揮できる、俗に言うところの超人類と呼ばれる種族の一種だ。これまで一般的な人間とされてきた人間、ラジカルが足元にも及ばない反応速度も有する。普通の刑事が彼に適うはずもないのだ。本来は。
「まさか、バスタード相手に、捜査一課の刑事が来たなんて思ってないよね?それとも、所詮子供だってなめてかかってる?」
「何…?」
 聞こえてきた声は、紗英のものだ。だが、雰囲気が彼女のそれとは明らかに違う。まるで、別人が話しているような感じだ。
「まさか…ッ!」
 斉木が驚いて手を緩めた一瞬の隙を突いて、紗英が腕から逃れる。と言うより、彼女の姿が消えうせていた。
 その直後に小柄な人物の赤髪が見えた気がしたのだが、それも錯覚だったかのように消えていた。
 驚く間もなく、次の瞬間には真後ろで少し高めの少年の声がする。
「さすが、アパレル界きっての女たらしの噂は伊達じゃないね?女欲しさに、相手が刑事だと知らずにべらべら喋ってたんだから」
「な…ッ!?」
 驚愕の声を上げて、斉木が振り返る。そこには、くせのある赤髪の少年がいたはずだったのだが、一瞬後に見えたのは、赤い短髪の青年だった。
 またも驚かされた時には、腹に拳を食らっていた。油断していたとはいえ、驚くべき速さだ。
「俺達に喧嘩売ったのが運のツキだったな」
「あたしの正体、警視庁の特捜S課のスプレス、夏南朱音よ。よく覚えておいてね」
 途中で、青年の声が少女のそれへと変わる。先刻まで青年が立っていた場所には、紗英、いや、朱音がいた。
 薄れゆく意識の中、斉木は警視庁に超人類の起こす事件を専門に扱う部署、特別捜査スプレス課があることを今更ながらに思い出したが、もう後悔しても遅い。手錠を手にした朱音の姿を最後に、彼は完全に意識を失った。
「うわぁ〜、見事に3人を使い分けたね。さすがに、社長室の周りに監視カメラとかないか確認してる時に話しかけられた時はもう終わりだと思ったけど、何とかなるもんだね」
「そりゃあ、俺の見事なフォローのおかげだろ?」
 朱音らしからぬ口調で言って、彼女は笑顔を見せる。すると、声をかけてきた人物は、こちらに近寄ってきて、楽しそうな口調で言った。
「にしても、良かったね?柊一。朱音より身長低くないと、あの場から逃げ出せなかったもんね?」
「あ〜き〜ら〜!てめェは、人が気にしてることを!」
 手錠をかけ終えて、翠を睨みつけるが、全く意に介した様子も見せないので、朱音は長い髪をわずらわしげにかきあげた。
 朱音は、今彼女の姿をしている少年、仁科柊一が持って生まれたバスタード能力で生み出した少女の姿である。あともう1人、警視総監の息子として惣波敦郎という人物がいるが、その彼も柊一のもうひとつの姿である。ただ、この3人が同一人物だということを知るのは、ごく限られた者達だけなのだが。
 そして、彼の隣にいる人物、東麻翠も、ラジカルに遺伝子改良を施した人間、ジェネティックレイスでありながら、暗闇でも普段と同じように周囲を視認できるという特殊能力を持つ、スプレスである。
 そんな2人の、検挙率の高さと無謀ともとれる行動の数々から、彼らは"アウトレイジャー"と呼ばれるのだ。
「さ〜て、とっととこのおっさん庁舎に運んで、終わりにしようぜ」
「普通は取調べまでが仕事なんだけどね。でも、確かに疲れたかな」
 苦笑しながらも、翠は朱音の姿のままの柊一の後をついていく。
 こんな2人だからこそ、"アウトレイジャー"と呼ばれるのかもしれない。


〔2012.10.21 Song by Janne Da Arc 『赤い月』〕

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