手書きの地図



 自分の選んだ道に答えなんかなくて。
 楽しければそれでいい、と言う人もいる。
 つらくなければそれでいい、と言う人もいる。
 そこに、指し示す道標があれば。
 けれど、それじゃ何も変われないんだ。
 少なくとも、自分は。


「すっげー、見てみろよ! 宝の地図だぜ!」
「うわぁ、ほんとだー!」
 何気なく、横を通り過ぎた公園。
 そこで、三人の子供達が、何かの紙を広げながら、楽しそうに笑っていた。
 それを、横目で見ていたライトだったが、
「何か、懐かしいよな」
 自分の言葉を代弁したかのような弟の言葉に、ライトは少し驚いたように振り返った。
「確かに、って、リン、それ、明日の朝飯」
「だって、腹減ったんだもん」
 まるで子供のような言い草で、先程買い出ししたフルーツをかじるリンを見ながら、ライトは苦笑して見せた。
「ったく、お前は、ほんと変わらないな。昔から、無邪気で、奔放で」
「へーへー、どうせ俺は何も考えてませんよ」
「けど、お前のその行動に、救われた部分もあったな」
 ぽつりと言った言葉に、今度はリンが驚く番だった。
「ライト、今の、もう一回!」
「もう言わねェよ」
 ぴしゃりとリンの言葉を撥ね退けてみれば、案の定、不服そうな表情を浮かべる。
 そう、昔から、リンは、自由という言葉を体現しているかのようだった。
 魔法学校に通っていた時も、同じクラスに、現王帝陛下のサイスがいたが、そんな彼に臆することもなく、真っ先に話しかけたのはリンだった。他の子たちは、皇子、というだけで、一目おいていたというのに。
 実際、サイスは、そういう扱いを受けることを嫌っていた。自分は、みんなと何ら変わりないただの人間なのだと。そう言われて、納得できたのは、リンとライト以外はほんの少数だったが。
「そういや、昔、サイスと三人で宝探しやったこともあったなぁ」
「あぁ。っつっても、俺が測量の勉強で書いた地図を、勝手にサイスが宝の地図だと勘違いしたんだけどな」
 当時のことを思い出し、ライトもリンも、つい笑ってしまう。
 今でこそ、この国の象徴として威厳を放っているサイスだが、その本当の性格を知るライトとリンにとって、現状はなかなか信じられないものだった。
「あいつが、王帝陛下、か……」
「それも、サイスが望んで選んだ道だ。もちろん、俺が、ここにいるのも」
「……」
 自分の手を見つめながら言うライトに、リンは言葉を詰まらせた。
 つい先日起こったハットゥシリでの内乱。その戦場に、宮廷魔道士として赴いたライトは、命を落とした。
 だが、この国に伝わる伝説の呪文“再臨(アセト)”を唱えたリンの力で、彼は、今、再びこの街を歩くことができている。ただし、日の光を浴びては、体が火傷を負う、という不自由な体で。
 そして、リンは、一度はライトと同じ、宮廷魔道士として、前王帝陛下に仕えていたが、性に合わないと、今は何でも屋を営んで暮らしている。
 ライトの死を誰もが悲しみ、そして、奇跡が起こって生き返った、となっている現実を、多くの人が喜んだ。
 リンも、才能がありながら宮廷魔道士を辞めたことを周囲から責めにも似た言葉を浴びせられることもあったが、自分の道を貫き通した。
「俺は、世界の理から逸脱した存在。そして、リンは、その有り余る才能を無下にした存在」
「他の人から見たら、とんでもないことをやらかしちまってるのかもしれねェ。それでも、俺は、自分の選んだ道を、間違ってるなんて思ったことも、後悔したこともない」
 きっぱりと言い放ったリンに、ライトも、笑顔で頷いた。
「答えなんかないさ、俺達が歩いていく道には。けど、答えがないから、面白い。だから、俺は、こうだって思った通りに進んでいく。けど、それでも間違えそうになった時には」
「側に、お前がいる」
 言葉の後半は、まるでタイミングを合わせたように、ぴったり二人の言葉が重なって。
 その確かな絆を感じることができたから、思わず、顔を見合わせて笑った。
「さぁ、さっさと家に帰ろうぜ。今日は、王帝陛下様直々の呼び出しがかかってるからな」
「まぁたあのバカ、無茶ぶりしてくるんじゃねェだろうな?」
 茶化したように言いながら、家路を急ぐ二人の脇を、先程、公園ではしゃいでいた子供達が、楽しそうに笑いながら通り過ぎていく。
 男の子ばかり、三人。
 だからだろうか、余計に、幼い頃の自分達と重なって見えるのは。
「ライト」
 不意に声をかけられ、少年達の後ろ姿を見るともなしに見ていたライトは、リンの方を顧みる。彼は、あの頃とほとんど変わらない、屈託のない笑顔を向け、言った。
「また、いつかやれる日が来るよな? 俺達だけの、宝の地図を描いて、さ」
「……あぁ!」
 今は、お互い、立場が違ってしまった。それでも、あの頃の関係は、今もなお、続いているから。
「今度は、サイスを落とし穴に落とさないように気をつけないとな」
「さすがに、今それやったら、軽く処刑もんだぜ」
 昔を懐かしみ、笑い合いながら、ライトとリンは家路に着いた。


 自分の歩く道に、目標を立てることは出来ても、どう進めばいいか、なんてことは、誰も教えてはくれない。
 だから、答えなんてない。
 どれが正しくて、どれが間違っているのか、時には、自分で判断をしなければならない日が来る時もある。
 その選択が、大きければ大きいほど、間違った時の代償は大きいけれど。
「ライト、リン、よく来たな! で、早速だが……」
「断る!」
 ばかばかしいことには冗談めかして返し、真剣に悩んでいることには誠意を持って返す。
 答えのない道だから、共に歩いていこう。
 自分で描いた、手書きの地図を持って。
 自分の選んだ道に、誇りを持てるように。








〔2012.10.21 Song by CONNECT 『あの雲を追って』〕

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