戻らない時間の中で 4



 夜は、ライトと魔術の訓練。昼は、何でも屋の仕事をするか、探すか。それが、リンの日課だった。今日は、特に決まった仕事もなく、何か良いものがないか、歩いてみる。
「ねぇ、何か仕事ない?」
「おや、リン。悪いね、今日はないんだよ」
「おー、サンキュー」
 大抵、街の中でこんな会話を繰り返して、仕事を見つける。たまに、街の人から振ってくれることもあって、それはリンだから出来ることだ。
――あとは、酒場か…。
 そこは、リンのような職業の、仕事探しの定番だ。たまに行ってみるのも悪くないか。
 そんなことを思いながら、歩いていると、
「あ…」
 声を上げたのは、おそらく、二人同時。遠目に、向こうが驚いているのが見える。だが、二言目を先に上げたのは彼女の方だった。
「リン=エヴァーラスト!!」
 叫ぶが早いか、凄まじい形相で駆け寄ってくるオリヴェート、だったが、リンの目の前で盛大にすっ転ぶ。
 そして、暫くの間。
「うぅ…」
 先刻までの勢いはどこへやら、呻くオリヴェートに、リンは思わず頭を抱えた。
「何なんだよ、あんたは」
 屈みこんで、彼女の様子を見やるリン。だが、あれだけ間抜けな姿を見せたオリヴェートが、切実な表情で自分を見ていることに気付く。縋れるものは何でも縋りたい、そういう目だ。それを、自分に求められたところで、どうとでもなるものでもないが。
――ただの興味本位で”再臨”を求めてるわけじゃない、ってことか。
 それだけは理解してしまい、リンは盛大なため息をつく。
「まぁ”再臨”のことをどうこうできねェけど、話くらいは聞いてやるよ。一応、何でも引き受ける、が、俺のモットーだからな」
「え…?」
 ようやく顔を上げたオリヴェートは、驚いたようにリンを見上げる。相手にされない、と思っていたのだろう。一瞬にして、表情が明るくなった。
「じゃあ、落ち着いたところに行こう!」
「その前に、起きろよ、オリヴェ」
 言ってやれば、彼女ははたと気付いたように立ち上がり、パタパタと土を払う。その姿に思わず笑ってしまいながら、リンは、彼女を近くの公園へと案内した。


 エネアドの象徴とも言えるその公園は、噴水や緑で整備され、この国の創造神とされる、アトゥムとイシスの像が、美しい彫刻で置かれてある。
 その中の、噴水近くのベンチに腰掛けて、少ししてから、オリヴェートは自分のことを話し始めた。
「私ね、ハットゥシリから来たの」
「…こないだ内乱のあったとこか」
 リンの言葉に、静かに頷いてみせるオリヴェート。
 エネアドから約3日歩いたところにあるハットゥシリは、先日、内乱がようやく片づいたばかりだ。それは、その内乱鎮圧軍に参戦していた、ライトから聞いて知っている。
「で、わざわざそんなとこから”再臨”を探しに来たのか?」
「……」
 聞いてやれば、オリヴェートの表情が曇る。ぎゅっと唇を噛みしめる仕草は、涙をこらえているようにも見えた。
「弟がね、死んだの」
 唐突に、言い出したその言葉に、一瞬、リンの体がびくりと震える。
 だが、それに気付いた様子もなく、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「あの子が死んだのは、私のせい。だから、弟を”再臨”で復活させたいの」
 相変わらず、目線は落としたままのオリヴェート。
 その様子を見るともなしに見ていたリンは、思わず本心を口にした。
「ふーん、ありがちな理由」
「な…っ!」
 それには、さすがにオリヴェートの勘に障ったらしい。だが、喚こうとした彼女を制して、リンは人差し指を突き立ててみせた。
「そんな復活、本当に弟が望んでると思う?」
「う…」
 きっぱり言われて、口ごもった彼女に、リンは更に続ける。
「あんたもイシスの人間なら知ってるだろ? ラヌス教の、七つの大罪」
「も、もちろんよ! 嫉妬、強欲、傲慢、怠惰、暴食、虚飾、でしょう?」
「そうだ。それは”狂気”が復活しないための戒めでもあり、だからこそ、神は”再臨”を自分の墓に封じた」
 そこまで言い切って、リンは空を見上げる。雲一つない、清々しいくらいの晴天。今は、その空すらも憎らしいほどに。
「他にも、弟に償う方法はあるはずだよ」
「でも…」
 リンの言葉に反論しかけて、だが、オリヴェートは口をつぐんだ。何か、思うところがあったのかどうなのか。
 その代わり、唐突に質問をぶつけてくる。
「リン、貴方、お兄さんの才能、妬んだりしなかったの? 歴代随一って言われた、天才宮廷魔導士だったんでしょ?」
「ないね」
 オリヴェートの言葉が言い終わるか否かで、きっぱりと答えるリン。そこには、はっきりとした強い意志があった。
「俺とライトは別々の人間だけど、心は一つだ。尊敬はしても、恨むなんてあり得ないよ」
「そう、なんだ…」
 リンのその言葉に、彼女は複雑な表情を浮かべる。自分と比べているのか、どうなのか。
 そんな彼女の様子を横目で見ながら、リンは、独り言のように呟いた。
「一回だけ、ある」
「え…?」
 予想外の言葉だったのか、オリヴェートの折り返しは早かった。その様子に、リンは笑ってみせる。
「でも、それすらも乗り越えた。だから、俺達は最強なんだよ」
 自信満々に告げるリンに、オリヴェートは、自分の中でリンの言葉を反芻する。おそらく、また弟のことを考えているのだろう。というか、そうに違いない。
 それを見て取ったリンは、唐突に、オリヴェートの額を指で弾いた。
「いったぁ! 何するの!」
「やめとけ」
 抗議の声を上げる彼女を無視して、真剣な表情できっぱり言い放つリン。予想は的中していたらしく、彼女はまた言葉を詰まらせる。
「返事は?」
「ふぁ、ふぁい…」
 暗くなりかけたオリヴェートに、口の端を引っ張って聞けば、情けない声で答える。だが、それで納得していないのは明白だ。
「だったら忘れろ、きっぱりとな」
 言うだけ言って、リンは席を立つ。その後に続くオリヴェートだったが、リンが心配げに後ろを見たことなど知る由もなかった。




〔2012.10.21 Song by CONNECT 『あの雲を追って』〕

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