戻らない時間の中で 2



 周囲を、漆黒の闇が覆う。人々が寝静まり、物音もしないような時間帯。
「盗掘者だ!」
「狙いは“再臨”に違いない! 探せ!!」
 決して派手ではないが、石造りに細かい装飾の施された、初代王、アトゥムの墓。
 普段なら、警備兵が数名で周囲の見張りを行っているその場所は、騒然としていた。
 そんな外の様子など全く気にせず、易々と侵入を果たした、目元以外白装束で覆った人物は、一つの巻物を手にし、笑みのような吐息を漏らした。
「これで、ずーっと一緒だよ」


 大国イシスの首都、エネアド。
 つい先日起こった内乱で、先帝が退き、その息子、サイスが王帝の座についてから、約一カ月。かつての賑わいを取り戻した城下町は、活気に溢れていた。
 特に、朝のバザールは、安くて良いものが多いから、と、人々もそれぞれの買い物にいそしんでいる。
 だが、
「ど、泥棒! 誰か捕まえて!!」
 唐突に響いた少女の叫び声。騒然となるバザールの中で、男が一人、勢い良く走りだしていた。
「へっ、ぼんやりしてる方が悪いんだよ」
 誰にともなく、軽く後ろを振り返る男。誰も追ってきていないところを見ると、彼は再び前に向き直った。
 と、
「ちょっと待ちなよ、おっさん」
 どこからともなく聞こえた声に、だが、男は立ち止まらない。何としても逃げ切る、それだけを思っていると、不意に、目の前に金髪の少年が降り立った。
「邪魔だ、どけェ!」
 叫びながら、男は腰の短刀を抜き去る。バザールの客から悲鳴が上がったが、男は無視して突き進んだ。
 だが、少年の方は冷静だ。すっと、男に向けて手を伸ばし、静かに告げる。
「ハッド」
 刹那、逃げていた男が、不意に何かにつまずいたようにその場に転倒する。自分を睨みつける目線に、少年は楽しげに笑ってみせた。
「時と場所は選びなよ。楽しいバザールが台無しだぜ?」
「くそっ!」
 悪態をつく男だが、身動きが取れないせいか、今一つ迫力がない。
 その様子を黙って見ていたバザールの人々は、男が、身動きが取れなくなったのを見てとると、大声を上げた。
「よぉ! やってくれるじゃねェか、リン!」
「毎回、どこから登場するのか楽しみにしてるのよ」
「ほんと、何でも屋は大活躍だなぁ、リン! 稼ぎは少ねェけど」
「うるせェよ」
 先刻までの緊迫した雰囲気はどこへやら。リンと呼ばれた少年は、あっという間に街の人々に囲まれる。
「この街に住んでて、リン=エヴァーラストの名を知らない者はいない、ってか」
「やめてくれよ。有名なのは兄貴の方だって」
 苦笑しながら言って、リンはようやくぼんやりとしゃがみこんだままの少女を見やる。
 自分の荷物を盗まれた挙句、この騒動だ。荷物からして旅人のようで、訳がわからない、と言いたげな様子でこちらを見ている。
「お〜い、大丈夫か? あんた」
 声をかけてやれば、彼女は、今我に還った、という風に顔を上げる。それから、リンを睨むように見、ばっと立ち上がった。
「貴方が、リン=エヴァーラスト?! あの“再臨”を成功させたっていう!」
「え…?」
 唐突な言葉に、驚いたような顔を見せるリンだったが、すぐに吹き出して笑っていた。街の人達も同様に。
「な、何?」
「足元」
 言われ、少女は恐る恐る目線を下げる。そこには、彼女の荷物を持ち去ろうとし、挙句、リンの魔術で拘束された男が、無残にも足蹴にされていた。
「ご、ごめんなさい!」
「謝ることはねぇぜ、嬢ちゃん」
 そう言ったのは、近くで生肉を売っていたが体の良い男だ。彼は、リンに向き直ると、おもむろに拘束されたままの男の腕を掴んで立ち上がらせた。
「とりあえず、こいつは俺が連れてくぜ」
「あぁ、サンキュな」
 軽く手を振り、後ろ姿を見送ったところで、リンは、改めて少女を見やった。
「それで、何だっけ? えぇと…」
「オリヴェ。オリヴェート=コムーネ」
「じゃあ、オリヴェ。最初に言っておくけど、“再臨”なんてありえない」
「え…?」
 リンの言葉が余程意外だったのか、オリヴェートは素っ頓狂な声を上げる。だが、まるで、彼女の主張がおかしい、と言いたげに、バザールから笑いが起こった。
「リンは何でも屋、双子の兄のライトは宮廷魔導士。二人は、街でも有名な兄弟だったのよ。でも、先の戦乱に赴いたライトは戦死」
「それが、死の直前に“神子”として蘇ったんだよ!」
「要は死なずに生き返っちまったんだな。まぁ、だからこそ“神子”って言われるんだが」
「えぇ…?!」
 その話は、ここでは有名な話らしく、大声を上げたのはオリヴェートただ一人。
「で、でも、それが“再臨”なんじゃないんですか?」
 信じられないのか、尚も食い下がるオリヴェート。そんな彼女を止めたのはリンだった。
「やめろよ。兄貴は生きてるし、実際“再臨”の書が盗まれたって話もあったけど、王帝陛下が保管されてるのを証明してる。ライトが奇跡を起こしたから、そんな噂が立つんだよ」
「違いない! “神子”も十分すげェからな」
 そう言った男の言葉に、また賑わいを取り戻し始めるバザール。その中に取り残された、いかにも納得いきません、と言いたげな顔のオリヴェートを残し、リンはバザールを後にした。



〔2012.04.01 Song by CONNECT 『あの雲を追って』〕

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