こんな時期だけどトラ誕SS | ナノ


手のひらに乗せられた深い青色の小さなケース。
高鳴る心臓の音が煩くて、何も考えられなくて――けれどこの箱の中身は開けてみなくたってきっと知っている。
堰を切ったように押し寄せる感情に、私はただビロード地の小箱を見つめることしかできなかった。

「……開けねぇの?」

俯いた私の頭に振る声は、いつものそれより少しだけ不安気な色を孕んでいる。
苦しいくらい嬉しいはずなのに頭の中はただ混乱するばかりで、

「どうして、今日なの……?」

自分の意志を無視するように言葉が出ていた。
口にしてしまえばこの宝石みたいな夜が消えてしまう気がして、ずっと飲み込んでいた問いかけ。

だって分からないの、トラ。
こんな特別で大切な日が、どうして【今日】なのか。

街の喧騒も届かない高層の室内。
トラの静かな溜め息がやたら大きく響いて、ピクリと肩が揺れた。
私の手のひらに乗せられたままの箱が、ふと彼に取り上げられて重力を無くす。
思わず縋るように顔を上げれば、トラが僅かに目を細めて笑った。

「……誕生日なんつーもんはさ、オレにとっちゃ別に特別でも何でも無かったんだよ」

ガキの頃から祝ってもらった記憶なんてねぇし、と口角を上げたまま目を伏せたトラに、幼い頃の記憶が蘇る。
誕生日なんてどうだっていい。祝う必要なんてない。
確かにあの頃のトラはそんなことを言っていた。

(それでもしつこくお誕生日会をしようとする私に、毎年面倒そうにしながらも付き合ってくれていたのよね)

我ながら毎年強引だったなぁ、なんて。
仏頂面のトラが脳裏を過って、懐かしい思い出に頬が緩んだ。
CZメンバーの皆で騒がしく過ごしたり、二人きりでケーキを食べたり……。
いつ頃からだっただろうか、トラが素直に誕生日を祝われることを受け入れるようになったのは。

「今でも誕生日がめでたい日だとは思わない。……けどな、」

言葉を続けるトラがゆっくりと開けた、青色の箱。
飾り気の少ない、シンプルなデザインの指輪に付いた透明な石が静かに光を放つ。
ゆっくりと私の手をとったトラが、リングの縁で薬指を撫でた。




「おまえが祝ってくれる度、毎年実感するんだよ。今年もオレの傍には撫子がいるんだってこと」
「ト、ラ……」

だから今日という日が一番しっくりくるのだと、トラはどこか満足そうに笑った。


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