こんな時期だけどトラ誕SS | ナノ


【誕生日都内のホテル取ったから、いいかっこして来いよ?】

無題で送られてきたトラからの本当に、本当に珍しいメール。
始めはこのメールの意味が全然理解できなくて、暫く携帯の画面を見つめたまま固まってしまった。
だって誕生日を祝おうなんて、あのトラが言い出すこと自体不可解だというのに……それがよりによって本人の誕生日。

(何か特別な意味でもあるのかしら……)

聞きたいことはいっぱいあるのに、それを口にしてしまえばこの宝石みたいな夜が消えてしまう気がして。
甘いもんはやっぱ英兄貴の方が美味いか、なんて笑うトラに私はただ首を振った。

サクッと小気味よい音を立ててデザートナイフが梨のミルフィーユを割る。
口に運べば途端に広がる幸せな甘さ。
思わず顔を上げて、目の前にあったトラの柔らかい笑顔に心臓が跳ねた。
数回しか見たことの無いトラのスーツ姿。貴重なそれはいわゆる仕事用とは違うものだった。
滅多に着ないスーツに身を包む彼は、窮屈なのか時々ネクタイを指で弄ぶようにして。
それがまた色っぽいなんて感じてしまうから、今日私はほとんどトラを直視できないでいた。

落ち着かない気持ちのままシャンパングラスの脚を指先でなぞっていると、クスッと小さくトラが笑う。

「顔、赤いな。……酔った?」
「……少しだけ」
「んじゃ、ま、そろそろ部屋行くか。もういい時間だしな」

そう言った彼の黒いシャツの袖から覗いたのは、数十分前に私が贈った腕時計。
普段の彼の恰好に合わせて選んだ少しごつめの文字盤は、今日のスーツ姿には若干浮いて見えた。

どこか夢みたいなこの夜。
その誕生日プレゼントだけが、確かに今日が彼を祝う日なのだと教えてくれていた。


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