まい様からのリクエスト | ナノ


冥土の羊、スタッフルーム。
仁王立ちの俺と、小さな体をより小さくして椅子に座っているまい。
コホン、とひとつ響いた俺の咳払いにおまえは僅かに肩を震わせた。

「それで?」
「そ…それで、その……これからはお店の外でも会って欲しいって言われて……」
「うん。で?」
「もちろん断ったんだけど、どうしてもって……服を引っ張られて――…」
「スカートの裾だろ。で?」
「それで、あの…………トーマ怒ってる?」

そりゃ怒るでしょ。
分かっているくせに聞いてくるまいに、じわりと苛立ちが募る。
俺の機嫌を窺うように小首を傾げて上目使いで……こいつはきっと無自覚なんだろうけど。

「なぁまい、俺何度も言ったよね?接客サービスはちゃんと線引きしろって、ただでさえこういう店なんだからトラブル起こってからじゃ遅いからって……俺何度も言ったよね?」
「うん……」
「ついでにあの客には特に気を付けろって言ったよね?」
「う、ん……」
「さらにシンとケントさんにまで同じこと言われてたよね?」

言い訳すらできないまいは眉尻を下げて俯いてしまう。
引き結んだ口元が僅かに震えている様子に、ちくりと胸が痛んだけれど今日は許してやらない。
仕事柄、こういう事態もある程度は仕方ないと思ってる。
俺だって女性客に告白されたこともあるし、別にそれについて責める気は無い。

(まぁ、もちろんいい気はしないけど)

こいつが問題なのは人の忠告を全然聞かないところ。
ちょっとでも危ないと思ったら男性陣に接客を任せなさい、そう何度も念を押したのに。
大丈夫だよ、なんてふわふわ笑って結局痛い目見たりして……

自分がその手のことに鈍いと認めない上に、楽観的で隙だらけでおまけにお人好し。
でもそこがまいの素直で可愛いところで。
人を疑わない真っ直ぐな心根とか、分かりやすい嘘でも簡単に引っかかってしまう単純な性格とか。
俺に無いものばかりを持っているこいつは本当に綺麗な人間だと思うけど。

(ああもう、何かわけわかんなくなってきた……!)

「……トーマ?」

頭を抱え考え込んでいた俺の腕に、恐る恐るまいの手のひらが触れた。
俺のそれより二回りは小さい手は、細っこくて女の子らしくて。

おまえは分かってるのかな。
いつだって俺はおまえの一挙一動に振り回されてること。
嫉妬で苦しくて息もできなかったり、独占欲に自己嫌悪して胸が痛かったり。

全部、全部お前のせい。

どろりと粘ついた感情が込み上げる。
もうこのままバイトを辞めさせてしまえば、こんな苦しい思いしなくて済むのかな。
それとも今のまま、目の届く範囲にいてくれた方がマシなのかな。

そんなことを本気で考えてしまう自分自身が、我ながら恐ろしかった。

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