2012.6.7妄想【ワンド ユリルルあのシーン後】
「ルル!」
授業を終えて寮に戻ろうと廊下を歩いていると、後ろから聞きなれた声に呼び止められた。
振り返れば予想通りの人物がこちらへ走ってきていて、思わず頬が緩む。
「ユリウス、どうしたのそんなに慌てて…。」
私の前で止まったユリウスが弾んだ息を整えて、そして改まったように姿勢を正した。
不意に向けられた真剣な瞳に、どきっと心臓が跳ねる。
「君にちゃんと確認しないとと思って…。」
「え、な…何を?」
「ルル、月経周期はちゃんとまわっている?」
「……………。」
全く予想していなかった問いかけにまずは思考が止まった。
そして次の瞬間体中の血液という血液が顔に集まる。
「…なっ、なんっ…!?」
耳がじんとする程熱くなった頬を両手で覆いながらユリウスを睨みつけたけれど、彼の瞳は至極真面目なもので。
投げつけようと思った文句の言葉が喉の奥へ引っ込んでしまった。
とにかくコクコクと頷いて見せれば、そっか…、と緩く笑みを作るユリウス。
突然された真意の計りかねる質問に戸惑う。
どうしたらいいか分からずにただユリウスを見つめ返していると、そのガラス玉みたいな青い瞳が揺れて視線が床へと落とされた。
「……俺、後悔してるんだ、あの夜のこと…。」
「っ………。」
ぽつりと呟くように放たれた言葉はまるで鋭い刃のように胸の奥を鋭く抉って。
あまりのショックで私は言葉を失ってしまう。
(そんな…だって……。)
落ち込むのを隠し切れずに俯く私を見て、はっとしたユリウスが焦ったように顔の前で手をブンブンと振った。
「ち、違う!そういう意味じゃないよ!?後悔っていうのは自分の不甲斐無さっていうか情けなさっていうか…、俺あの時本当に色々ダメ過ぎたから!!」
涙目の私に、彼はますます慌てて言葉を続ける。
「俺、あんなふうにルルに触れたかったわけじゃないんだ!あんな済し崩しみたいにお互いの気持ちも確認しないままで、しかも避妊具も用意してなかったし―――」
「!!ユ、ユリ……!」
「それにルルを気遣う余裕も無くて凄く痛い思いさせちゃっただろうし、本当はもっと時間かけて優しくしたかったのに全然できなかったし!なのに初めてのルルに一晩で何回も何回も―――」
「ユリウス!!分かったから!お願いだからそんな大きな声で言わないでーっ!!!」
必死になって叫ぶと、ようやく彼は口を閉じてくれる。
誰にも聞かれていなかっただろうかと周りを見回して、思わず深いため息を吐いた。
ルル…、と小さく名前を呼んだユリウスはまるで叱られた子犬みたいにしゅんと背中を丸めて。
恥ずかしさを通り越して何だか可笑しくなってしまう。
私の纏う雰囲気が和らいだことに気付いたのだろう、彼は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「…あの時、何度も零れそうになった言葉を飲み込むことが凄く辛かった…。今は言うべきじゃないって思ってたから必死に抑えて、でも本当は心底言いたかったんだ。」
一言一言確かめるように、彼は言葉を紡いでいく。
その真摯な態度が嬉しくて、溢れそうになる涙を堪えることに精一杯で。
分かってる、そう声に出して伝える代わりに私はユリウスの手を握った。
ぴくりと小さく体を震わせたユリウスは一度視線を迷わせた後、意を決したように私を真っ直ぐに見つめる。
「ルル、今日…ずっと俺と一緒にいてほしい。」
「ユリウス……。」
その言葉の意味が分からない程私は子供では無くて、でも冷静に受け止められる程大人では無い。
不安げに名前を呼んだ私の手を、彼は強く握りしめて続ける。
「もう一度やり直したい。ちゃんとルルを抱きしめたい。ただ君を好きだって気持ちだけで、正面から…。」
ユリウスらしいと思った。
決して自分を飾らない、真っ直ぐで温かくて。
私の大好きなひと…。
「……うん、うん。ユリウスとずっと一緒にいる。…一緒にいたい。」
「…ルル……!」
「だけどね、私はあの夜だって気持ちは同じだったって信じてるの。だから後悔してるだなんてもう言わないで?やり直したいなんて言わないでほしい。あの夜を無かったことにしたくなんかないの…。」
ユリウスにもそう思ってほしい。
きちんと告げた想いを彼は穏やかな笑顔で受け取ってくれた。
過去も今も未来も、積み重ねて育っていくこの揺るぐことのない気持ち。
たくさんの出来事の上に私たちは立っていて、その全てが今の私たちをつくっている。
上手にできなくても、例えば間違ってしまったとしても。
あなたと紡ぐ事実ならどんなことだって宝物だから。
守っていきたい。
魔法が引き合わせてくれたこの恋を。
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