2012.1.23妄想【妖×僕 ミケちよ】
無駄に広い廊下。
突き当たりに見えるドアに近付く度に、心臓が大きく高鳴る。
ノックをしようとして一瞬躊躇った手。
それでも控えめに扉を叩けば、ほんの数秒程でドアは開いた。
「凛々蝶様……。」
「………………っ。」
いつもこの時は言葉が出ない。
何と言えば良いのか、いつも分からない。
「あぁ…凛々蝶様、ボディクリームを変えられましたね?廊下を歩いていらした時一瞬気付くのが遅れてしまいました。」
「どれだけ鼻が効くんだ君は!!」
ふふふ、と嬉しそうに笑って、御狐神君は僕を部屋の中へと促す。
彼は、いつもこうして何も聞かずに僕を受け入れてくれた。
夜眠れずに、こうして彼の部屋を訪ねるのは何度目だろうか。
「ラズベリー、でしょうか…。…とてもいい香りがいたします……。」
「…嗅ぐなと何度も言っているのに、聞かないな、君は。」
「申し訳ありません。」
「絶対思ってないだろう。」
毎度繰り返される言葉の応酬。
ベッドの上、彼よりずっと小さな僕の体は後ろからスッポリと抱き締められて。
耳元で囁くようにされてしまうと、文句の言葉も説得力の無いものになる。
御狐神君のベッドは、いつでも清潔な洗剤の香りがして、その無機質さがどこか彼らしいと思った。
「ん…、は、ぁ…。さぁ、凛々蝶様、御命じ下さい。今日はどのように…?」
「っ、ぁ……。ふ、あ…。」
「何でも、凛々蝶様のおっしゃる通りに致します…。」
「んんっ……。」
身体中余すところ無く口付けられて、頭の中が真っ白な靄に埋め尽くされる。
僕がこんなに必死でも、御狐神君は涼しい顔で余裕そうにしているから腹が立つ。
「…っ、酷く…。痛くして欲しいと言ったら、そうしてくれるのか?」
「……凛々蝶様は意地悪です。」
眉を下げた彼が、僕の指先にキスを落とした。
「貴女が望むのなら……。」
優しい。
どこまでも優しい御狐神君。
彼の優しさに触れる度に、胸が甘く震えて、同時に切りつけられたみたいな痛みが走る。
どうして、何故、なんてもう考えるのはとっくに止めていた。
「ん…、あっ……みけ、つかみ、…君。」
「凛々蝶様、凛々蝶様……。」
彼に呼ばれる名前が。
彼に触れられる体が。
自然になればなる程込み上げる違和感。
その違和感が。
感じる矛盾が。
膨らめば膨らむ程積もる愛しい想い。
時々見る夢の中。
どこまでも暗い闇に堕ちながら、懸命に腕を伸ばして。
その手を掴むのはいつも君だから。
だから、僕は。
また君に向かって腕を伸ばすんだ。
おまけ。
「凛々蝶様が痛い思いをされるのであれば、私にはその百万倍の苦痛をお与え下さい。」
「っ、相変わらず大袈裟だな。」
「いいえ、大袈裟などではございません。どうか、どうか私に苦痛を。これを、これをお使い下さい…!」
「そんなことを懇願するな!というかこんな物騒なもの何処から出した??そして何故期待に満ちた目で僕を見る!」
「あぁ、凛々蝶様………。」
「……君は本当に変だ。」
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