佐倉さんお誕生日おめでとうSS | ナノ


コツコツと廊下に響く足音が寂しげで我ながら笑える。
どこかで鷹斗と行き会えるかもしれないとあちこち歩き回ってはみたものの、結局午後を過ぎても彼には会えなかった。
よく考えてみたらお昼を食べることすら忘れていたし、まあ会えたところで何か用があるわけではないのだけれど。

今日何度目になるか分からない溜息を吐きながら自分の部屋を目指していると、廊下の先から聞こえてきた足音。曲がり角の向こうから近づいてくるそれは、その音だけで足音の主が誰なのか分かってしまう。
一気に心臓が騒がしくなって思わず足が止まった。

(ど、どうしよう……)

と考える意味もよく分からないが、なぜだかどこかに隠れたい気持ちになったりして。
半日かけて彼を探していたのに自分の思考が理解できない。
何て声をかけたらいいのだろう。久しぶりね…という程久しぶりなわけじゃないし忙しそうね、とか。それよりもまずは挨拶が先か、とかもう頭がうまく回らない。

そんなことを考えているうちに足音はどんどん近づいて。
何かの書類を読みながら角を曲がってきた鷹斗が、ふと私の存在に気付いて足を止めた。

「あ……」
「あ……」

一定の距離を保ったまま二人出てきた言葉はそれだけ。
目を見開いてしばらく私を見つめた鷹斗は小さく俯いて、そんな彼の様子に私も何だかいたたまれなくて俯いて。

お互いの沈黙に耐えられなくなった頃に鷹斗の足音がコツリと静寂を破る。

恥ずかしさに俯いた顔を上げられずにいれば、ゆっくりと歩みを進めた彼の手が柔らかく私の髪を撫で梳いた。
促されるように視線を上げると、そこには鷹斗の優しい笑みがあって。

「……お茶しよっか」

少しだけ照れくさそうにそう告げた彼に、私も自然と笑顔になっていた。


私たちの間にこんなにも柔らかな空気が流れるようになったのはいつからだっただろう。
私が変わったのか、それとも鷹斗が変わったのか。
私の為に鷹斗が壊してしまったこの世界で、やらなければいけないことも考えなければいけないこともまだまだたくさんある。
探したい人もいる、救いたい人もいる。

けれど、こうして鷹斗とお茶を飲んでいるこの瞬間は。
この穏やかな時間は、ただあなたと笑顔だけを交わしていたかった。


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