レイン | ナノ


『元の世界に帰りましょう、撫子くん』

普段見せない顔、普段聞かない声でレインが私にそう言ったのは今から10日前のこと。
私の体に負担がかからないようにと彼が量子の調整をし始めてから、見る夢は決まって向こうの世界のものだった。

時が停滞し、色を忘れた私の帰るべき世界の。


「あっちの世界の時間は止まってんだろー?毎日夢ん中で何してんだオマエ?」

パソコンをいじるレインから預かっていたカエルが、私の膝の上で至極のんびりと言う。

「そうね、……探してるわ」
「探す?何をだよ?」
「探せるはずの無いものを、よ」
「お、なぞなぞかぁ?超最先端人工知能を持ったオレ様に勝負を持ちかけるたあ、命知らずだな!」

意気揚々と考え始めた彼の手触りの良い頭を撫でて、私は曖昧に笑った。

こんなにもお喋りな彼だけれど、私とレインが行おうとしていることを他に漏らすことはない。
賛同して協力するような発言をするわけじゃないが、決して否定することもない。

たぶん、そのどちらもレインが望まないと理解しているから。
AIである彼に人間の気持ちを理解するなんてことは本来できないだろう。
でもきっと理解している、そう確信していた。


「ねえレイン、もうすぐあなた誕生日よね?」
「え…?あぁ、そういえばーそうですねー。ていうかよく知ってましたねー」
「ふふ、実はこっそり円に教えてもらったの」
「アイツがコイツの誕生日知ってたっつーことに驚いたぜ、オレは」
「いやいや、ああ見えて彼は先輩思いの素直ないい子なんですよー、カエルくん」
「うへぇ、気持ちわりぃこと言うなよな!」

あまりにいつも通り過ぎる言葉の応酬が可笑しくて私が笑うと、そんな私を見たレインもまた笑顔を零した。
彼がこんな風に柔らかい表情を見せてくれるようになったのはいつからだっただろう。

「お誕生日会しましょうね。ケーキ作って、ロウソク立てて……」

ね、レイン、と微笑めば、

「ええー、この歳でお誕生日会ですかー?」

そう言って彼はクスクスと笑う。


―――でもね、知っているわ。
数日後訪れる彼の誕生日に、私はもうここにいないということを。


「プレゼント、何かリクエストある?」
「え、撫子くんがくれるんですか?それは嬉しいですねー、是非じっくり考えますよ」

お互い分かっていて吐く酷く滑稽で憐れで、そして優しすぎる嘘。
分かっていても、こうして目を逸らしていないと心が押し潰されてしまいそうだった。

prev / next
[ back to レインtop ]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -